席の一群の右後ろの端に座る。横10席、縦8列で椅子が並べられいて、そこにいる人達はこういった種類の人達に別けられるように見えた。1.美大で絵を書いているような女の子達。綺麗な身なりをしているが、ファッション誌を参考に洋服を選ばないだろう。端正な顔立ちをしているが、それを隠すかのように、眼鏡や帽子を身に着けている。2.英文学を大学では専攻していた、といった感じの人達。女性的で落ち着いた雰囲気で、概して髪は長く、明るい色の服で、スカートを穿き、踵のある靴。流行に囚われることを嫌っている反面、内心では、時代を生きるような生き方を求めている。3.彼らは少数で女性:男性で3:1。中性的な雰囲気で音楽を人と接することよりも、数少ない同性の友人たちと古びて忘れ去られた音楽や、文学、哲学、映画などを酒を飲みながら話すか、そうでなければ、1人で酒を飲むか、それとは反対に女性に対して何も偏見やわだかまりを持たずに、関係を持つようなタイプもいた。多くの本読みと同じように、世間に対して内側に身を守るように生活する人達だろうか。左隣の席をひとつ空けて座っている女性は、さらにその左隣の女性と話をしている。「そうよ、蟹よ。でも、本当にちょっと酷いよね。30前よ。でも、そこでさ、何もしないなんて....。でも、彼ならおかしくないわ。」僕は、びっくりしてしまって、その女性の方をじっと見入ろうとしたけれど、そこに、僕の右後ろから「隣いいですか?」と、声をかけられた。僕は振り向いて、すこし高くなった声で、前の席と足との間を空けて、彼女が通った。隣に座ると、まず一息ついて(すこしわざとらしくもあった。)僕の方を向いたまるで初めて声をかけるのではないような調子で、「こういうの、初めて来るの。」と言った。僕は取り乱して、彼女の茶色い靴を凝視しながら、後ろの髪を掻きむしった。僕が何を話せばいいのか考えているのを気にも止めないように、すこし微笑んだ気がした。「初めてなんです。」。女の子と話すのはいつも苦手だ。僕はこのことで何かしらの文章が書けないか考えていた。ちょうど、射精するときに、全くセックスに関係ない、突拍子の無いことが思い浮かぶように、僕はいつも、どうしようもない現実にぶつかると、小説のことを考える。「あなたは、彼女のファンなの?それとももう1人の翻訳家の?」「両方です。えっと、翻訳されたものが全部好きっていうわけじゃないんですけど、彼の翻訳された小説のうちのひとつの短篇がすごく好きなんです。アメリカの片田舎で人を撃ち殺してしまった男について語った話なんです。その男に同情する話なんです。山下さんの小説は全部読みました。彼女のブログの文章も全部読みました。彼女の、えっと、最近書いた、コミュニケーションが絶たれた状態について書いた記事です。えっと、...。」僕は、自分の悪い癖が出たことに気づいた。その間僕はずっと彼女の黒いヒールの高い靴、それから、灰色のズボンを眺めていた。恐る恐る彼女の目を見ると、彼女は嬉しくて、たまらない、といった様子だった。コミュニケーションの断絶は?「すみません。悪い癖なんです。」弁解すると、彼女は目を細めて、「気にしないで。」と答えた。「すぐ周りが見えなくなるんです。すみません。」そして、ふと、僕はその作家の書いたコミュニケーションの断絶に関する文章を書いた後に、僕が唐突に思い出した記憶について書いた文章のことを考えた。**************コミュニケーションの不在と地獄の規模に関して*********夕暮れに見た悪魔を思い出していた。彼はビルの屋上からこっちを睨んでいて、真っ黒な羽がひらひら閉じたり開いたりしていた。ほかの人にとってはそれはただの黒い点に見えるかもしれなかったけど、僕には最初から最後までそれが悪魔だと分かっていた。逃げられないことは知っていた。だから教えてやったんだ。僕の生み出すものたちがお前を殺しつづけるだろうって。その日の朝、相鉄線、西横浜に向かうと、駅の手前の陸橋で電車が急に止まった。紺色のジャンパーが線路に落ちていた。僕は改札を抜け、そして、それら全てを見た。線路をひとつ隔てて止まった電車の車輪の下に見えた白い運動靴、もっと遠くには何か黒い塊が落ちていた。携帯電話で到着が遅れることを詫びる老女、ダウン症のふたりのこどもは、じゃんけんをして遊んでいた。眼鏡をかけたまじめそうなセーラー服の女の子は、電車のさらに奥、ずっとさきにある何かを睨んでいた。長く伸びたホームを真っ直ぐ進んでいくと、もうひとつ白い運動靴を見つけた。その近くに茶色い何かあって、僕はひどく不安になった。悪魔は僕に何かを伝えようとしていた。それが伝わらないことに苛立ちを感じているように見えた。その帰り、JR横浜駅のホームを黄色い線を越え、線路と水平にホームをゆっくり歩きながら、レールの上に落ちているはずの真っ赤な血の跡を僕は探した。***********************「もっとあなたの話を聞いていたいけれど、そろそろ始まるみたいね。」それから30分の間、階段一つ高い設営された床の上、足の長い椅子に座った女の作家と男の翻訳家は、会話をした。’僕’はいま、横浜のみなとみらいのスターバックスに居て、音楽を聴きながらこの文章を書いている。隣に座ったカップルがお互いに覆いかぶさるように眠っている。会話の断片、女の子は今日誕生日で19才になる。男のほうは女の子のことを好きじゃないんじゃないかと僕には思える。僕は彼らが今すぐホテルなり家なりに行ってくれればいいと思う。さぁ、さらに前へ。結局、中学校3年間で、僕と、僕が好いていた完璧な女の子と、僕を好いていた垂れ目の女の子、それぞれの好意は向きを変え、そしてそのまま終わった。高校に上がると、僕はその三角形について考え、坊主刈にして入学した。その当時、そうしたことに確かな根拠を僕は持っていたはずだった。もう覚えていないけれど。

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