am04:10と表示された時計にアラームを設定して、男は、女に声をかけた。髪を撫でようとすると、振りほどいて、身体を折るように(まるで幼児のようだ。)して、横たわった。空調の静かな低音以外には何も聞こえない箱の中で、彼女はじっと動かなかった。涙を流さず、嗚咽を漏らすことなく、泣く方法がある。恋人に拒絶されたまま、だからといって、彼女の隣で眠るわけにもいかずに、煙草を吸った。煙を吐きながら自分が前に泣いたのがいつかを思いだそうとしたが、すぐにどうでもよくなって、女をそのまま置き去りにして寝た。六本木のスターバックスで、彼女の忘れ物の名刺をつまんで眺めていた。イヤフォンからTony Hymasの『Just calling for you』が流れている。表(だと思われる)には『山下のどか』とだけ黒字のゴシック体で書かれていて、裏には下4桁が4242だった。確か、’42’は『銀河ヒッチハイクガイド』という小説の中で鍵になる、そして意味が解かれることのない数字だ。さっきまで端から端まで眺めていたbritish american tabaccoの年次報告書の上に置いた。昼間、海から戻ってきて、webでその名前と電話番号を検索したけれど、’山下のどか’と一繋ぎの結果は無かった。yamasita nodokaでも同じだった。ついでに、僕の名前を検索してみると、東京の地名が表示されて、携帯電話にその電話番号を打ち込んだところで、やめて、家を出た。イヤフォンを外して、震える指で電話番号を押して発信する。1コール2コール3コール4コール5コール6コール7コール8コール、8コール目で留守番電話に切り替わって、僕は電話を切った。男は彼女の机の上に置いてある原稿をまとめて、封筒の中に仕舞って、マンションの鍵を締めて、彼女の家を出た。彼女はあのベッドの上で死んだようにあの姿勢のまま眠っているだろう。いつも見ないようにしていた原稿をなぜか少し読んだ。(なぜそうしているのか自分でもよく分からない。発刊されていない彼女が手で書いた原稿を読むことで、彼女の中の複雑で抜け出すことのできない領域に近付きたくないと思っているからかもしれない。彼女が自分をセックスに誘ったとき、彼女の目には何の感情もなかった。)こんな出だしだ。「私があなたに出会う直前に観た映画は、大量生産される食材に関するドキュメンタリーという内容でした。その最後の場面で、肉牛にされる牛が頭に何かを打たれて、一瞬で死ぬ場面があります。そのあと、屠殺場は真っ白な洗剤で一掃されます。あなたと話しながら、私はその場所についてずっと考えてました。」

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索