日が暮れていく。群青色。ふと、音楽が訊きたくなって、フルカワにもらったカセットテープをカセットデッキにセットして、再生する。高校を出てからの記憶は曖昧だ。僕はそのとき色々なものが嫌になっていた。家に金が無くて大学に入るチャンスが無かったことや、毎月働いて金を家に振り込めという両親(彼らは身体が動かなくなったとき、もっともっと重い負債を僕に与えてくれるだろう。)や、これからずっとこの牢獄のような世界で、荷馬車を牽く馬のように自分自身の心の弱さでさえ抱えて生きていかなきゃいけないことが。家を出るのと会社を興すために金を稼いでいた時期、コールセンターで10時間働いたあと、あるファーストフードのキッチンで、過労の末に嘔吐したことがある。そのとき、キッチンのシンクに流れていく吐瀉物の中にアリとキリギリスに出てくる、働き蟻が何百匹も混じっていること幻覚を見て、次の日に、掛け持ちしていた全ての仕事をやめて、1ヶ月後から僕は部屋に引き篭ることにした。
部屋と街を目的なく歩いていたのは3ヶ月ほどだったと思う。その間、僕が抑えつけていたストレスが、消費に向かわせて、4ヶ月かけてためた100万円ちょっとあった金を全て使い切った。いまでは高所得の頭脳労働者が、なぜ働くことに追われ続けるのか、よく分かる。その間に僕が考え付いたこと教訓がひとつあった。上手くやれ。とにかく、要領よく上手くやれ。7ヶ月、僕は一度もセックスしていないことに気付いた。僕は青にメールしたが、返事が無かった。高校を出てすぐの頃(つまりワーカホリックの最中)、青からライブに誘われて、忙しいから無理と答えたのを思い出した。その時彼女には新しい彼氏(つまりベーシストではない。 その男は実家に女中がいるような男だった。)がいたし、僕がそれほど必要だとも思わなかったからだ。空白の4ヶ月の間、14時に起きて、PCでウェブサーフをして、それに飽きると街に出てぼんやり本を読んでいた。横浜駅西口には沢山の人がいて、昼間に僕と同じように時間を潰しているのは、扶養されているように見える女性達だった。僕は心底彼らが羨ましかった。
山下がインタビューに答える横で、’山下’は男に半分虚ろな目で、夜にあったことを話していた。記者に聞こえないような小さな声で、ゆっくりと、確実にひとつひとつの事実を並べていった。男は邪魔にならないように’山下’をなだめつづけていた。「凄くない?だってもう、1.5リットルのペットボトルみたいなの。信じられる?」「わかったよ。そいつは凄い。凄いよ。俺とは比べ物にならない。でも、その話は少し後にしないか?彼女に会うのだって久しぶりだろ。」「うん。それでね、...」男は、彼女を部屋から連れ出して、彼女のピルケースから睡眠薬を取り出した。その時、ドアが開いて’山下’と記者が出てきた。記者に挨拶を済ませて、男と’山下’と山下だけが廊下に残ると、「なんで連れてきたの?」と山下。「ラリってたんだ。放っておけないだろ。」「ねぇ、凄いの。1.5リッターよ。」「放っておいてよかったんじゃない?」「そうかもね。」「私、『無理、そんなの入らない。』って最初言ったのよ。」男が’山下’の頭を撫で回すと、抱き付いてそのまま寝ようとしていた。シャープな表情をしている山下を眺めて、男は笑った。

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