東京、渋谷、センター街、ファーストキッチン、略してファッキン。悪魔が笑ってる。おい、見えるか?お前には壁が見えるかい?壁。現実と幻想を分け隔てる壁。でも、存在しない壁。俺が13才の時、生徒会の副会長で、僕は地元で、大統領と握手する機会。沖縄のしかるべき場所しかるべき時間に、優等生の僕は彼と握手することになった。戦争と平和について、一通り話した男が僕の前にいた。1時間前、彼の演説をパイプ椅子に座って、拝聴する、島国の善良な自分。沢山の人達が死にました。云々。30分前。僕は初めて悪魔の声を聞いた。誰かが耳元も囁いている。殴れ殴れ殴れ殴れ殴れ、あいつを殴れ。やつを殴れ。耳元で悪魔が囁いている。太陽、風、静かに座って演説を聞く人達、大統領、彼を取り囲むSP、市長と彼らの友達。僕の目の前を通り過ぎた女性がトイレが空くのを待っている。彼女は黒いぴったりした服を着ていて、彼女のお尻が少しだけ洋服からはみ出している。30秒ほど、トイレが空くのを待って、諦めて彼女のは去っていた。ふたつ隣に座る女の子の二人「絶対パンツ履いてない。」「ありえない。」「パンツ....」「っっていうか、トイレで寝てる。」15分前。殴る?いや、よせ。殴れ。取り囲み見ろよ。即拘束、即逮捕、即射殺。死んじゃうぜ。殴る?殴る?殴る?手の内側が汗まみれになっている。射殺はないだろ?射殺はないだろけど、事件だぜ?やっちまえよ。殴るか?殴ろう。殴っちまえよ。トイレはまだ空かない。トイレの内側にいる女性は?眠っているのかもしれない。それとも化粧をしているのかもしれない。いや、もう20分は入っている。決して彼女をトイレを出ようとはしない。5分前。殴らなくてもいい。そうだな、例えば、あいつの手をつねるだけでもいい。アウチ!とか言って、それなら問題にはならないだろう。怒りはしないだろう。ちょっとした悪戯。今トイレを占拠している誰かは10人目の訪問者を華麗にはねののけた。トイレの中の誰か。やつは何者だ。何をしているんだ。
「さぁ、どうかしら。」彼女は腕を組んで、頬に手をやって考えるポーズをしている。「とにかく、僕は行きます。用事があるんです。」「大切な用事?」「僕にとっては。」「またね。」「じゃあ。」夜の2時半にタクシーを拾って、フルカワの家に向かう途中、’山下’との夜のことを思いだそうとしたが、うまくいかなかった。何も思い出せない。彼女は実在するんだろうか。途中のコンビニで買ったビールを開けて飲みながら、頭に手を当てて、ゆっくり記憶の糸を引いていた。
***********************僕の知り合いの男の部屋には写真が何枚か掲げられてあって、その中の一枚はとても奇妙で、椅子に座らされた白衣の丸刈の男女が7人ほど並んだ写真で、彼らは精神病院の病人のように、画一の白い服を着ていて、全員が右手を掲げている。写真の持ち主の男に、その写真の意味を尋ねると、人体実験の実験経過を撮ったものだと教えてくれた。戦時中のドイツの軍の実験で、被験者の頭を開いて、しかるべき場所に電気が通るように2本の電極を差し込み、そして、頭の閉じた。微弱な電気が電線をつたい、電極から、その脳の快楽を司る部分に電気が伝わる。右手を挙げる意味は『快』の時で、もう一本の電極から電気が伝わると『不快』になり、被験者達は左手を挙げる。彼がその写真を部屋に置く理由までは訊く気は起きなかった。その持ち主はある有名なレコード会社の創業者で、僕は常に彼が何かに対して強い苛立ちを抱えているように思えた。それが具体的にどういったものなのかは想像できる範囲を越えていた。****************
電話が鳴っている。ポケットで揺れているプラスチックの板の懸命さは力強く僕に応答を求めているのが、少し嬉しく思えた。「はい。」「山下です。」「どちらの山下さんですか?」「あなたの憧れているほうの。」「なんだか、皮肉な言い方ですね。」「気のせいよ。今なにしてるの?」ビールの缶を握って、少しだけ自分が惨めに思えた。実際惨めな人間なのかもしれない。「自己逃避です。」「何から逃げてるの?」残りのビールを全部飲み干して、それから頭のこめかみの近くを押さえた。「何から逃げているのかは、分かりません。」「分かろうとしていないだけかもよ?」「同じことです。」「ねぇ、今、渋谷で私達も自己逃避してるの。来ない?」私達、彼ら、ともかく複数の人達。2人かもしれないし、もしかしたら、1万人くらいの若者達がひとつの何かに向かって一斉に自己逃避しているのかもしれない。「行く場所があるんです。タクシーに乗っているんです。」「タクシーは逃避には向かないと思うわ。行き先を告げなきゃいけないし。逃避できるのは、終着点の無い運転手だけね。」「でも、いま抱えてる物はすぐに果たさなきゃいけないことでも無いんで。行きますよ。そっちに。」「何を抱えているの?」「自分自身です。持っていきますよ。」彼女が告げる店の住所を反復すると同時に運転手にそのまま伝えて、老人とも言える、運転手はストイックに行き先を変えた。電話を切ってしばらくすると、僕は運転手と何かを話したくなったけど、どんな風に話せばいいのかが分からなかったし、何を話せばいいのかも、分からなかった。ただ、何かを伝えたくなった。大事な事柄なのに、それが具体的にはどんな物事なのかは僕にも分からないのだ。どこかで話の出口と入口が繋がっていて完成されてしまっているような風だった。
携帯電話をもういちど眺めると、03:02と表示されていた。フルワカに電話をかける。夜起きて、昼間に眠る彼にとって、この時間は生活する時間だった。7コール目で留守番電話に切り換わって、電話を切った。女と居るのだろう。
この文章は2008年5月25日の夜7時に横浜元町のサンマルクカフェの2階で書かれた。僕以外に客は4人いて、全員連れがいなくて、それぞれがそれぞれのために時間を使っていた。憂鬱そうな表情で本を読む青年と、何かを無心に学んでいる女性。ぼんやり考えごとに耽る老人、そして、紙に何かを書き付けている女性。彼女は日曜の夜にいつもここにいて、ノートに文章(のようなもの)を書いている。僕は彼女が詩人だったらいいな、と思っている。時々、彼女は涙を流す。彼女が泣く所作が僕は好きだ。彼女の泣きかたにはみすぼらしさが無く、同情をひくような態度も無かった。ただ、ゆっくりと、涙を流すのだ。

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