2008年5月29日21時。渋谷サンマルクカフェで、隣に座った女の子が向かいの席に東京バナナの袋を置いていた。その子は年は25才くらい。背は160cm前後で、黒いジャケット、デニム生地のショートスカート、黒いブーツ、少し茶色いロングの髪。横目で見る彼女の髪から覗ける輪郭と高い鼻が顔立ちのよさをはっきり示していた。彼女が東京土産を持ち歩いている理由が僕には分からない。木曜で実家に帰るには一日余裕がある。それとも明日は有給なんだろうか。ちらちら眺めていると、彼女がバッグからスーツのパンツを取り出して整えていて、余計に混乱した。仕事が終わった後で、彼女はどこかで私服に着替えてどこかに行く。スーツを着ない理由は?まず、その東京バナナは彼女が実家に持っていくのか、それとも誰かが東京に来るから、その誰かに持たせるために渡す東京バナナなのか、それとも、もしかしたら、家に持って帰って一人で食べるんだろうか。
ともかく、スーツから私服に着替えた、ということは誰かに会うんだろう。これはまず間違いない。それから東京バナナを東京の家で一人で食べるおやつにするということも無いだろうから(たぶん)、彼女はどこか地方から来る人に渡すか、もしくは地方に行くか、どちらかだろう。彼女が地方から出てきて、仕事のあと私服に着替えて東京散策した、という可能性もあるけれど、わざわざ私服に着替えるようなことまでするだろうか。それにもし地方の実家なりに行くとしたら、スーツから私服に着替えるのは家ですると思う。それに実家に帰るんだとしたら、夜の21時に渋谷にはいない。もうとっくに新幹線に乗っているはず。つまり仮定を想像して、一番まっとうな答えは、彼女は仕事を終えて私服に着替えた、彼女の実家の鳥取(想像)から来る彼氏(家族が来るならわざわざ私服に着替えようとはしない気がする。)を待っていて、彼氏が来るまでにデパートの地下一階で東京名物東京バナナを買った。ということになる。
という考えを巡らしてると、彼女は席を立って(21時20分頃)、トレーを片付けて、荷物(バッグと傘と東京バナナ)を持って店を出て行った。正面から眺めた彼女は少し頼りなくて、黒目がちな目はすこし曖昧でぼんやりしていて、不安や孤独が感じ取れた。
代官山から渋谷に向かう通り途中の路地を少し歩いた所の地下に店があって、店内は薄暗くて、目を凝らして見回すと、’山下’を見つけた。それと酔いつぶれた山下と、あと上背だけで身体が恐ろしくデカい坊主刈りの男も一緒にいた。「こんばんは。」と彼女に言うと、彼女はにやついて、返事をせず、ソファの隣を向かいの席を顎で指し示した。坊主刈りは僕に口で少し笑むように一瞥して、席を空けて(リンゴが一つ入るかどうかというスペースだったが)、それから、店員を呼んでメニューを持って来させた。こんな体躯の男だったら、否応なく威圧的に感じるものだけど、その丸刈りの前に座ると落ち着いた気分になった。山下はソファに首から上を逸せるように天井を向いていた。寝ているのかもしれない。「彼、私の新しい恋人。」と’山下’は坊主刈りに紹介した。坊主刈りは野球のグラブのような手を差し出して、僕はミニチュアのような手で握手した。山下は嬉しそうににっこりと笑って「彼はシロくん。」と坊主刈りを紹介してくれた。可愛らしい名前だ。僕は自分の名前を告げると、彼は彼女達のマネージャーだと言った。僕が’山下’の名前を教えてもらおうとしたところで、ポマードを塗りたくった店員が割って入ってきて、やたらと沢山説明の書かれたメニュー表を5秒間眺めて、それから「ビール」とだけ言って頼んだ。ポマードはビールの種類を丁寧に説明しようとしたけれど、僕が落ち着かない様子にしているのを察してそのまま戻っていった。「シロくん、彼女連れて帰ってくれる?」と’山下’はそれが当たり前のことのようにぴしゃっと言った。「そうしようと思ってたんだ。」と、手元のウィスキーを飲み干して真っ黒なサイフを取り出して2万円を置いて、立ち上がる(2m位あったと思う。)と、山下を赤ん坊のようにだっこして(僕は成人した女性をそういうやり方で介抱するのを初めて見たので、面食らってしまった。)それから、「じゃあこいつを頼むよ。」とだけ言って店を出て行った。なんとなく、ちぐはぐな雰囲気になった。大男が泥水した美人を抱えて居なくなった場所というものは、少し時間の流れが変わってしまうものなのだ。

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