帰りの電車で向かいに座った二人の男がこんな話をしてた。「俺もう嫌なんだ。こんな生活耐えられないんだ。」と曖昧な顔つきだが色黒の小太りの男が、隣に座っている浅葱色のTシャツを着た噛み合わせの悪そうな表情をした男に行った。「朝から夜中まで働いて1万円。帰ってビール飲んで深夜番組付けて、起きたらすぐに服を着て電車で1時間かけて現場まで。これが死ぬまで続くなんて想像できないんだ。」と自分に言い聞かせるように帽子で目が隠れるほどの浅葱色の男に小太りが言った。帽子のほうが「この前よ、キャバクラ行ったんだよ。」と、その男の喋り方は黒板を引っ掻くような不愉快さがあった。小太りが驚いて「お、おお。」と相づちを打つと帽子は「でもな、話すことなんて全然ないんだよ。俺が夜中に駅の便所の掃除を朝までひとりでずっとする話なんてよ。」小太りは「お、お、おお。」と、どもりながら答えた。少し苦しそうだった。「すげえよ。キャバクラなんて行ったことないよ。」帽子が手元にある缶コーヒーを強く握りしめて何事かを考えていた。僕は彼らの会話を聞くのを目を閉じて、それから眠った。僕は100円のコーヒーを飲みながら、マクドナルドで『ダンダン』を読んでいて、隣にはみえこが座っていて彼女は『ハンニバル』を熱心に読んでいた。電話が鳴って出ると「あたし。」と茶目っ気を混ぜ合わせて声が聞こえた。「書き上げたわ。カラマーゾフの兄弟meetsワールドイズマインって感じね。」「ん。ぜひ読みたいな。」みえこがこっちをじっと睨んでいる。cancamに載るような洋服を着ていて待ち合わせの場所に現れたとき「どう、コスプレ。」と言った。はっきり言ってとても似合っている。僕はみえこに目配せをしてから「いま友達とエアホッケーしてたんだ。あとかけなおすよ。」と答えると「あなたが今日が書き終えたら読ませて言ったんじゃないと怒り始めた。やっかいだ。みえこは膝をつねって、僕は声を出す代わりに身体をねじった。「ほんとにごめんね。みえこ、じゃないや、ユキは元気?」「誰みえこって?」「誰でもないよ。じゃあ明日ね。」答えて無理矢理切った。「誰、ユキって。」とみえこが太ももから先がちぎれるような力で捻って声をあげた。「牛飼いの女の子。」と真顔で釈明すると、本を閉じて、「帰る。」とそっけなく言ってサマンサタバサのバッグを肩にかけて店を出て行った。
**********************僕はうまく言葉を喋ることができない。書くことが上手なわけでもないけれど、それでも、何かを伝えようとするとき、手に取るのは、喋ることではなく、書くことだ。誰も君のことなんて興味ないんだよ。と、意地悪に誰かが言うかもしれない。それでもかまわない。僕は何かを書かずにはいられない。
ある男は僕にこんなことを言った。「嘘がなんであるのかってお前は俺に訊いたな。教えてやるよ。もちろん、これは俺の見解だけどな。結論は人は弱いからさ。現実の厳しさを覆い隠すために嘘が必要になる。そこの写真見てみろよ」僕は頭に電極がささった人達の写真を手に取ってもう一度眺めた。「じゃあ、そうだな、」と言ってワインを空になるまでグラスに注いで男は言った。「時々お前のことが羨ましくなことがあるよ。」マンガだったら持っている写真立てを落としたはずだ。「あなたが人を羨んでいることを言うなんて。」僕は引きつった顔で言った。「それもそうだな。とにかく、その無思想がな。お前にとって物事はあるがままだ。」と血のような赤ワインを飲み干してフルカワは鼻で笑った。「そんなことはありませんよ。僕だって見たいものを見ようとしてる。」写真を置いて目を覗き込むが、そこからは何も読み取れなかった。「弱い連中は同情が欲しいだけだ。やつらは自分の頭で考えるなんてことは絶対にしない。自ら行動を起こすなんてことは絶対にしない。誰かが自分のことを左右してもらいたがってる。やつらは利用されたことに気付かないし、それを指摘された途端に機嫌を悪くする。だから気付かないようにしてやれば、尻尾振って自分の頬をもっと打ってくれって差し出すのさ。」ソファに寄っかかって、自分が言った言葉を空中に溶かすように人差し指で宙に円を描いた。「いいか、お前は内心俺を見くびっているだろうがな、俺がそれを怖れてるっていうのは間違ってるぞ。」指先が止まって、指先に何かが止まるのを待っているかのように制止した。そこにあらゆる神聖な力が集まるのを待つかのようだった。「まさか。」と言った。「ちょっと飲み過ぎじゃないですか?感傷的になるなんてあなたらしくない。」「お前の真似だ。」と言って指を手に包めて、震えるほど力を込めて握った。********************
夜も遅くなってきた。
ムラカワはマクドナルドを出るときに、背中を手の平でぽんっと叩いて「お告げです。」と白目を向いて僕にこう言った。「己を信じなさい。」そしてまた背中を悪霊を払うかのように叩いて、白目を元に戻して、健康そうな歯を見せて微笑んだ。僕は礼を言って、別れた。

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