彼女がセックスをしたがっていることがを全身で感じ取れた。彼女が身体を僕に寄せ付けて、首の少し下、鎖骨の少し上を唇でなぞった。
性欲。欲しければ求めるな。禅問答みたいだ。彼らは条件反射する動物なのだ。彼女は条件をそろえさえすれば男を求めるし、条件がそろわない時は拒否する。動物みたいだ。その場その場で何も考えずに気分と情緒だけで成り立ってる。なんとなく欲しかったり、なんとなく要らなかったり、全部気持ちの問題だってことかもしれない。男は女に意地悪く当たりたかった。彼女の求めを完璧に拒絶したくなった。けれど、男は男で、セックスに対する主義や主張を折り曲げて彼女の腰に手を回して抱き寄せた。部屋の外から大きな足音がしてドアを開けて(鍵が閉まっていなかったし、彼らはそれを知っていた)、二人の人間が入ってきた。ムラハシとフルカワだった。ムラハシは煙草を人差し指と親指でつまんで口に持ってきて、煙草を吸ってから言った「ここか?ここじゃないのか?聞こえるだろ。」とフルカワにたずねた「声がしないな。ここは声が聞こえない。誰もいないぞ。違う、ここじゃない。分かるか?ここじゃない。」とフルカワは不機嫌そうに言いながら髭を撫でた。二人は壁を擦り抜けて、声のするほうの部屋にすり抜けて行った。彼らが壁抜けをするのが僕には当然のことのように思えた。違和感の塊のような映像を打ち合わせ通りにこなすように消えていった。
男と赤は彼ら二人が部屋に入ってきたことには気付かなかったようだった。男は赤の首筋に口づけをすると、隣の部屋が固い何かをソファに強く落としたような不快な音が響いて、隣の部屋のセックスの声が聞こえなくなった。赤と男は少しの間動きを止めて、隣の様子を伺った素振りをしたが、大半がそうであるようにまたもとのように動きを続けた。ホテルの外の声の飲み屋から出てきた若者達の声が通りに響いて、静寂の完璧さが段々と失われて行った。音楽が鳴っている、大きな音で空にスピーカーが浮かんでいるみたいだ。目覚めて、目覚ましに設定していた部屋のオーディオが奏でる『キャラバンの到着』を切って、起きて、僕は自分の部屋を見回した。寒気がした。壁に耳を当てて声が聞こえないか確かめたけれど、そこからは何も聞こえなかった。が、その家のチャイムが鳴って背筋がぞっとした。恐怖というより、それは避けることのできない惨劇(たとえば処刑の朝の囚人のような)を前にした気分だった。チャイムが2回、3回、ブーーブーーブーーと鳴って自分が目覚めていることに意識を集中して、扉の穴から外を覗いた。そこには誰もいなかった。

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