書くことについて(仮) 41/100
2008年8月30日 コミューンと記録メモと書くこと酒を持って振り返るとムラハシはテーブルに置かれた灰皿を凝視していた。10時間ぶっ続けでそれを眺めているが、まだ見飽きない、といった風だった。隣りに座っている女の子は落ち着かないようだった。僕がテーブルに近づくとムラハシは"どこ行ってたんだ。このくそたれが。"と言わんばかりの非難の目で僕を見た。完璧に濡れ衣だ。「君が今日招待してくれた女の子?」と僕はムラハシが好きな女の子に尋ねると、彼女はこくりと頷いた。もみしだかれたような顔をして微笑んだ。彼女のことなら誰だって好きになってしまうんじゃないかと思った。僕は首をくすめて二人に酒を渡して、バーカウンターにもう一度向かった。「今日は召使いの役なんだ。」と言うとバーテンダーは「そう?」とだけ言った。「そう。ビールひとつ。」と注文すると、音楽が変わった。DJの機材が店の奥のほうに置かれていて、そこに立っていた濃い髭を蓄えた(絞るように撫でるような形)40才後半くらいの男と、髪を左右対称に切った黄色い髪の洒落た 30くらい男(黒く大きいサングラスを付けていた。有名なんだろうか。)が二人にしか分からない冗談を交わすようにして喋っていた。ヘッドフォンを髭の男が黄色い髪に渡して、こっちに歩いてきた。世の中に怖いものが無い、というような歩き方だった。何人かが男に声をかけて、そのたびにどちらかと言えば緊張した様子で受け答えをしていた。頼んだ酒がカウンターの前に置かれると、髭の男が隣りに立って、バーテンダーの女の子を口説こうとしていたが、その様子がひどくぎこちなくて、僕は様子を見ていた。「いやいや疲れちゃったな。」と男が頭を描きながら言ったが、バーテンダーは無言で注文されるのを待った。「何にしようかな。」と髭に触れながら辺りを見回すけれどメニューは無い。「赤ワインある?」と聞くと「はい。」と答えた。緊張からか、さっき音楽をかけていたときのような無言の優雅さ(真っ黒なレコードに古い思い出を見い出すような眼差しと)を無くしていた。いずれにしろ、僕は酒を席に持ち寄ったところで、ムラハシとムラハシが好きな女の子とのやっと始まった小雨のようなささやかな会話を中断したくはなかった。それでそこで僕は間が抜けた様子でただ立っていた。「ここに来るのは初めて?」と高く少し掠れた独特の声(上等のエレキギターをアンプで歪ませて思い切り鳴らすと、こういう心地いい伸びる音が出る。) で、隣りの髭の男に尋ねられた。「ええ。友達に誘われて来たんです。向こうの。」と顎で示した。「ここ良い場所ですね。楽しい。」と僕はできる限り愛想のある表情(僕は無表情だと怒っているように見える)で答えると、男は嬉しそうに頷いた。ワインが出されて、男はそれに口を付けて「そうか。良かった。」と言ってワインを一気に飲み干した。きっとバーテンダーの女の子と会話するチャンスを引き延ばしたかったんだと思う。その場所の雰囲気にも馴染んできて、酒がいくらでも飲めることに気付いた僕も同じように、飼い葉桶に頭を突っ込む牛のように酒を飲んだ。酔いが回った僕たち(髭の男とバーテンダーと僕)がそのときに話したことはあまり覚えていないが、どうにか思い出せる限りのこと。バーテンダーはモデルと兼業で、今年34才(とてもそうは見えない)で、今年の春、結婚したばかりだと言った。それを聞いて男が取り乱した姿を僕はよく覚えている。ワインのグラスをこぼして、急に何も喋らなくなって(そのうえ涙目にすらなっていた。そのときから僕はこの男に好意を持ちはじめた。)、なんとも言えない雰囲気になって、おかげで僕は30分近く株式投資の収益性と株価の相関についてひたすら語ることになり、それはこの髭の男の興味を呼び起こした。金持ちで恐ろしく傲慢で、大手のレコード会社の社主、このバーが入っている階 (最上階)の一つしたの階に住んでいて、このパーティーを主催した、年はバーテンダーと同い年で(彼女とは反対に老けていた。)男はフルカワという名前だった。
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