高校の時に僕のことを好きだった女の子は、僕が授業中に本(授業に関係ない)を読むのを真似して、彼女も本を読んでいた。それでも彼女と僕は"ちゃんと"仲良くならなかった。
彼女と僕が共有している思い出が二つある。一つ目は、以前(僕が女の子にもっと豊かな幻想を持っていたとき)、焼き肉に誘ったら、彼女の友達もついてきて、僕は3人分の会計をすることになったこと。二つ目は、そのあと(僕が女の子にあまり幻想を持たなくなったとき)、僕が学校から変えるときに部室棟を抜ける近道を歩いていると、偶然空いていた窓から、その女の子が下着姿で着替えているときに目が合って、彼女が僕に笑いかけた(だからといって恥ずかしそうにしていたわけでもなかった)こと。
卒業してからしばらくして、偶然彼女と再会して連絡先を交換した。駅の構内で見つけた彼女の胸がやたらと大きくなっていて(「あのときはAかB、いまは控えめに見積もってもE。」)、目線を上げると「目つき悪くて怖い」って言われたことを思い出して、視線が漂った。
そのあとメールをいくらかやり取りして、夕飯を食べに行く約束をしたんだけど、彼女は"デート代は男払い主義"で、僕は"デート代は割り勘主義"だったから、自分から約束を取り付けたのに、当日のデートはずっと気が重かった。家庭教師の勧誘(実際は破格の学習商材を売りつける)のために一日に千回くらい電話をかける糞みたいなアルバイトで稼いだ金が、女の子達のわけのわからない縄張り意識に巻き込まれてすり減ったりするのはもう嫌だった。そういったわけで、僕は昔も今も安っぽい信念もどきを沢山抱えている。彼女が「なんか暗いよ!」って中華のコース料理食ってる最中に10回くらい僕に言った。大きな胸をテーブルに乗せて、大きな眼の付いた顔を不満そうにしているのを見ていると、自分にうんざりしながら、それでも、僕はこのままじゃいけないって、酒を飲みに行こうって誘った。間違ってることだって分かっていながらやめることができないこと、っていうのは世の中に沢山ある。周りからは性格の特徴のように見えるけれど、実際はそれが中毒や依存だということに本人だけが気付いているのに、それが人格の一部になってしまって切り離せなくなってしまった人達(孤独を怖れて嫌悪しか感じない相手と暮らす恋人達もそうだ)みたいに。店を出ると、彼女は靴ずれで足を痛めて、彼女は僕がそのことを察さなかったことで腹を立てているみたいだった。
タクシーに乗って移動したけれど、僕たちは最初から最後まで無言だった。タクシーはいつだって人々を快適に移動させる。
飲み屋のカウンターでタタミイワシを裂いていた彼女は、さすがにこんなひどい雰囲気と気分のまま思い出を腐らせるのはないと思ったんだとおもう(僕だってそう思っていた。)。どうにか僕を笑わせたり、テンションが上がる感じにしようとして、あれこれ手を尽くしたんだけど、落ち込んだままの僕は、デート中に空気読まずに自分勝手に落ち込んでることにうんざりして、さらに落ち込んでいった。沼で足を取られて、懸命にもがくほど早く沈んでいくのに似ているかもしれない。
途中、突然彼女が何かして僕を笑わせて(何をしたんだっけ?確か、彼女が体を張ったギャグ(らしくない)で「きもいと思ったんだろー!?」って言われた僕は笑いながら「きもい!」って答えたんだと思う。)、雰囲気が一気に変わって、躁鬱病みたいに盛り上がった。緊張が突然反転すると、僕たちはピンボールが台のなかで跳ね回るみたいに喋りはじめた。そういうときの会話に意味なんてない。反射と反射、ウィットを効かせて、弾き返しあう。
散々盛り上がって、一息つくと、彼女は僕に「君は本当に面白いときにしか笑わないんだね。」って言った。それを詫びると、「ううん。安心する。」と、彼女は折り紙のように畳んで形を成した箸を入れる紙製の袋(息苦し過ぎて無意識に作ってしまった)に眼をやりながら答えた。その時の彼女の表情や声のトーンを全身で感じ取ったのに、それでも僕はいつものように、とっさに返す言葉が出てこなくて、ばかみたいにただ口を半分開けたまま彼女を見ていた。彼女の白い服がやたら綺麗だと思った。
その夜、"和合"的な出来事は何も起こらなかった。口づけも無かったし、手をつなぐこともなかった。見つめ合うことすらなかった。それ以来彼女とは会ってない。あのとき僕はなんて言えばよかったんだろう。正直に「ただセックスがしたくてデート誘ったんだ。君みたいな女の子は、魅力的だけれど、どうしようもないくらい気が滅入るんだ。でもどうしても寂しくていまこうやって一緒にいる。白状するよ。僕は君と同じように心底から不誠実な人間なんだ。」って、そう言えばよかったのかもしれない。そうすれば、僕は彼女ともうすこし仲良くなれたかもしれない。オーケー、僕は逆説的に弁解したい。僕は誠実になりたかった。いまでもずっと誠実な人間になりたいと思っている。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索