書くことについて(仮) 49/100
2009年2月1日 コミューンと記録メモと書くこと握手をする人は学校の体育館の壇上のようなステージのうえにあがって、逆光によって、近寄らないとその顔を確認できないようになっていた。二人の男が、ステージの横で怪訝そうに僕のほうを見ていた。きっと僕の動きに何か不吉なものを感じ取っていたのかもしれない。そして、物事は彼の予想通り、ひどい結果になった。シールを張った紙をスタッフに渡して、ステージに上がると、ふわふわした雰囲気の女の子が、けばけばしい格好で、両手でもってファンと熱心に手を繋ぎながら、ありきたりなファンへの感謝の言葉を伝えるんだけど、そのなかにいた一人のことを僕はどこかで見たことがあることに気付いた。ふらつきながら、彼女が誰か必死に思い出そうとしたけれど、僕はうまく思い出せなかった。ほんの一瞬、彼らの仕事の工程の未完成品を見たなかの、真ん中の女の子(きっと彼女が’チアヤちゃん’なんだろう)は僕と目が合うと、彼女が僕が誰かを思い出したことが視線でわかった。僕は必死に記憶の引き出しのなかを探って、気付いた。そんなはずはないと思いながらも、意識を集中して顔を調べると彼女で街が無いと思った。先週、知り合いに連れて行ってもらったハプニングバー『マズロー』で僕の席についた女の子だ。彼女の電話番号や本名は僕の携帯電話の電話帳に入っている。その店で、彼女が僕の隣で、中年のスーツを着た男に腕を絡ませて、甘えた声で喋りかけながらも、女がベッドの上でするような目つきで僕のほうをじっと見て、そして一度も目を逸らさなかったことを思い出した。ふと、僕はマイナーな映画で有名なある女優がアダルトビデオに名前を変えて出演していることを思い出した。映画女優としての彼女の履歴には、その裏家業のことは載っていないし、裏家業の履歴には映画女優としての彼女の華やかな身分のことは載っていない。映画賞をいくつも取った彼女と、そしていま本当にそういった現実が、文字通り手の届く場所にあることで、酒を飲むことで取り返した現実感をもう一度失ってしまった。薄暗いなかで、身体がうごめいていて、境界線は失われていた。喧噪のなかで今よりもっと酔っていた僕は、誰かの裂け目に触れていた気がするけれど、それが’チアヤ’のものだったのか、別の誰のものだったかは覚えてないけれど、それが誰の身体の一部であれ、別人の体験は解け合った身体のなかで共有されていた。ついに、僕たちの前に3人の女の子が姿を表すと、なぜ、自分が握力のことを急に持ち出したかが分かった。その渋谷の店で、彼女と交わした会話のなかで、好みの異性のタイプの話で、「あそこが締まりが良い女!!」と、6人くらいの男女が席についたところで打ち明けると、隣にいた彼女(深く知るようになって知った自滅的な性格の彼女(そして僕はその彼女にどうしようもなく惹かれた))が「でも、わたし、締まりいいよ!」と声をあげたからだ。ということは、遠くから見えていた彼女の点のような顔が僕の無意識を呼び起こして、その記憶を無意識の間にその言葉を用意させたんだろう。記憶の残像が何重にも重なってフラッシュバックしている。僕の先輩が先に握手をし始めていた。なにやら音楽のことを話していたけれど、ちゃんと聞き取れなかった。一人目の女の子は名前をしらなけれど、メガネをかけたハードボイルドな雰囲気の女の子で、おっとりした顔ですぼめたような口元が楽しそうに何かをかたり始めそうだったけれど、結局、「ありがとうございます。」としか言わなかった。二人目の女の子は、僕が十七才のときに部室でセックスした女の子のうちの一人にどことなく似ていた。ラグビー部の部室の暖房の無い2月の砂っぽい空気、古びたソファ。3人目、彼女は僕の手を握ろうとせず、少しだけ肩を硬直させていた。僕は「こんにちは」と言うと、彼女も僕に「こんにちは」と返した。僕の挨拶と彼女の挨拶は一字も違わなかったけれど、そこに含まれた意味や感情や、状況や伝えようとしたい内容はかけ離れていた。その言葉の中には警告するようなトーンがあったけれど、僕はそんなことはどうでもよく感じた。隣に立っている真夜中の部室でセックスした女の子に似た女の子は、僕たちのその場を察しようと必死に眺めていたけれど、きっと彼女の想像と実際に起きた行動や言葉には現れない背景を知ることはきっとずっと無いだろう。そのときに、言葉の無能さをはっきりと痛感した。こういうことがあった。例えば、’僕’が知り合った女の子とうまく関係が作れなかった話で、ある時知り合った女性と約束をしていたのに僕はそれを果たせなかった。その人と会う約束をしていたクラブに出入り禁止になっていて店員に頭を下げるのがどうしても嫌だったこととか(僕は人を好きになると、心底から好きになるし、その逆も同じだから。)、その人と知り合った頃、’僕’は仕事に就いてなく、彼女と仲良くなるまえに僕を振った女の子が僕を振った理由は仕事をしていなかったから、同じ失敗を繰り返したくなくて、甲斐性のなさ過ぎるこんあ男じゃ、また捨てられないようにと、必死に仕事をしていた。そして、やっと自分を持ち直した頃に彼女に会うと、彼女は僕のことが嫌になっていた。うまくいかないものだ。’僕’の話は、本当はもっと込み入っているけれど、ここまでにする。ともかく、僕には込み入った背景のことを話すことができなかったし、言葉が持つことのできる情報の量には限界があって、そのせいでいつも僕たちはなんとなく孤独になってしまう。僕が手を差し出すと、マリコは手を差し出して、それから両手で包んだ。そして僕は唐突にこう叫んだ。ほとんど何も考える間もなくこう言った「強く握ってよ!!」と、その声は不自然に静まったその場所では、何かが食い違っていて、声は拳銃を撃つあの音みたいには弾けた。そうすると、さっきのスタッフの男が凄い形相で僕の手から彼女の手を外して僕を組み伏せて、会場の外に連れて行った。そのあと、会場の外に放り出された僕は、呆然と立ち尽くして、それからしょうがなく駅に向かっていった。マリコにメールか電話でもしようかとも思ったけれどやめた。そこには見えない境界線があって、絶対に超えることができない。そう感じたからだ。100本の腕を持ち、50足の足を持った生き物の魂を、むりやり人の身体に詰め込まれたそういう感覚が’僕’をこうやって表現に向かわせている。
結局、のどかはその日10枚のサインを書いたが、一人も直感するような男はいなかった。いや、まさかあの、何か叫んだ頭のおかしい男がそうだったんろうか。目の前を通ったのに見落としていたのか、それとも何かの用事があって、結局このイベントに来れなかったか。直感をたよりにしたけれど、実際に会ってみれば、普通の姿形や雰囲気をしていたのかもしれない、とか、そんなことを考えながら、その夜、フルカワとセックスをした。「こうしているあいだも、彼はどこかで息をしていて、存在している。」と考えながら。
結局、のどかはその日10枚のサインを書いたが、一人も直感するような男はいなかった。いや、まさかあの、何か叫んだ頭のおかしい男がそうだったんろうか。目の前を通ったのに見落としていたのか、それとも何かの用事があって、結局このイベントに来れなかったか。直感をたよりにしたけれど、実際に会ってみれば、普通の姿形や雰囲気をしていたのかもしれない、とか、そんなことを考えながら、その夜、フルカワとセックスをした。「こうしているあいだも、彼はどこかで息をしていて、存在している。」と考えながら。
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