じっぱひとからげより
2009年3月7日 日常 コメント (2)1
ジーザス・サン読んで(ダーティ・ウェディングまで読んだ)いるんだけど、世の中には1億冊のつまらない小説全部より、一冊の小説のほうが素晴らしくて、素晴らしいことだと思った。
(この例えを別のことにも適用できるけれど、高慢に思われるだろうし、不愉快だろうからやめておく。)
あとがきで訳者がレイモンド・カーヴァーを引き合いに出していたけど、僕は違う。テネシー・ウィリアムズみたいだ。文章と書かれるその対象の美しさと激しさが、T・ウィリアムズの極限状態の情景描写の文章の価値と等しく感じた。
(そして、もちろん、あらゆる作者がそうだっていうように、そういう風に引き合いに出されて誰かの文章に似ているなんてことを言われることを作者は好まないだろうと思う。いちど『音楽的水準』という言葉を読んだことがあるけれど、そういうインチキっぽさが、あとがきというものにも、批評というものにもついてまわる。ただ、素晴らしいものを発見したら、それを誰彼構わず共有したくなるものでしょ?)
高温で溶けた鉄のような文章を書きたい。
2
ここ2年くらい、美大生とか音大生だとかと、軽くツルんでみたけど、
才能はあっても、野心のある人間は一人も見当たらなかった。
餓えてない。
いつものように、そういうのは善し悪しじゃない。
彼らは彼ら、僕は僕だ。
ジーザス・サン読んで(ダーティ・ウェディングまで読んだ)いるんだけど、世の中には1億冊のつまらない小説全部より、一冊の小説のほうが素晴らしくて、素晴らしいことだと思った。
(この例えを別のことにも適用できるけれど、高慢に思われるだろうし、不愉快だろうからやめておく。)
あとがきで訳者がレイモンド・カーヴァーを引き合いに出していたけど、僕は違う。テネシー・ウィリアムズみたいだ。文章と書かれるその対象の美しさと激しさが、T・ウィリアムズの極限状態の情景描写の文章の価値と等しく感じた。
(そして、もちろん、あらゆる作者がそうだっていうように、そういう風に引き合いに出されて誰かの文章に似ているなんてことを言われることを作者は好まないだろうと思う。いちど『音楽的水準』という言葉を読んだことがあるけれど、そういうインチキっぽさが、あとがきというものにも、批評というものにもついてまわる。ただ、素晴らしいものを発見したら、それを誰彼構わず共有したくなるものでしょ?)
高温で溶けた鉄のような文章を書きたい。
2
ここ2年くらい、美大生とか音大生だとかと、軽くツルんでみたけど、
才能はあっても、野心のある人間は一人も見当たらなかった。
餓えてない。
いつものように、そういうのは善し悪しじゃない。
彼らは彼ら、僕は僕だ。
コメント
時々コレを絶叫したくなる衝動に駆られる。
自分の才能を遠まわしに自負してる人とか見ると。
リンゴ・スターはドラムセット買えるくらいに坊ちゃんだったけど、ほかは確かそんな感じ。
詳しくないけど金無くても大成したやつは沢山いるんじゃないかな
どっちにしろ金ないからって諦めたくなるくらいなら
本当は別にそれほどやりたいことってわけじゃないんじゃない?