Fine Romance 60/100
原宿から渋谷までの道を歩きながら、秘密の話をすることにした。足りない隙間を言葉で埋める。「さっきの本屋で女の子に話しかけた話の続きを聞きたい?」とユキに聞くと、彼女は黙って頷いた。「そのあと僕は彼女にメールを送ってみた。『音楽はどんなのが好き?』とか『好きな食べ物は?』とか『前会ったときは凄くどきどきした。』とかね。何をかけばいいのかなんて、全然見当つかなかったけど、とにかくメールはしたよ。メールを何回か続けて、彼女に会うことにしたんだ。『音楽グループを組もう』ってそんな感じのことをメールで書いておくった。そういう理由を無理矢理つけてね。だってそうだろ。『君と飯食ってホテルに行きたい。』なんて送るわけにはいかないからさ。世の中には沢山の建前と本音がある。見え透いたものもあるし、分かりにくいものもある。建前と本音についてはちょっと面白い話があるけど、それはまた今度だ。とにかく彼女と音楽グループを組むっていうことでまた彼女と会うことにした。どんな音楽グループだろう。Pixiesみたいなんじゃないかな。とにかく、18時に横須賀の片田舎の駅、つまり彼女の地元で会うことにした。ほんとに酷い経験だった。僕が待ち合わせ場所に20分くらい早くついて駅の前についたのが10分前、あそこには何もなかったよ。さびれていて、目についたものは駐輪場くらいだった。そのころ、僕は横浜駅の近くに住んでいて、そこも栄えてるってほどじゃないけど、あの駅の近くはもっと酷かったな。いや、あの時の記憶が景色をある程度歪ませてるかもね。待ち合わせの時間の5分前、僕は辺りを見回して時間を確認して、しばらく改札の周りを歩いていた。電話ボックスが置いてあって、そのなかには電話機が入っていた。キオスクは閉店の間際で、辺りは薄暗くなってきて、改札を抜ける人達はみんな家に帰っていく、あの少しだけ懐かしい雰囲気。18時ちょうどになった。彼女はいない。彼女に似た人すらいなかった。駅員と、僕。待っていれば来るだろうと思って、5分くらいそのへんに立って待っていた。携帯電話がないから連絡を取ることができない。待っているだけしかできなかった。それからさらに10分経っても彼女は来なかった。女の子のことだから多少遅れることだってあるだろうって無理矢理自分を納得させていた。女の子だから遅れるってよくわかんないけどね。改札にある時計が18:30を指していた。近くの電話ボックスに僕は入って100円を電話機に入れて、彼女がノートに書いて破って渡してくれた電話番号に電話をかける。一回目の電話も二回目の電話もつながらなかくて、ひどい気分になった。改札に戻ると、女の子がいた。安心して声をかけて『ミズキちゃん?』って聞くと、『違います。』ってちょっと向こうも怪しいと思って、すこし距離を置いた。滅茶苦茶だ。もうすこし待ってみようって柱にもたれかかって考え事をしながら彼女を待っていた。彼女と音楽を作るとしたらどんな音楽だろう、とか、ここに遅れている理由(できるだけ自分の優先順位をしょうがなく超えそうなこと。交通事故に会って手足がばらばらになっていて待ち合わせ場所に来るのがちょっと難しい、とか。)を考えていた。もしかしたらと思って30分くらい待っていたけど、彼女は来なかった。途中で、そのミズキちゃんだと思っていた女の子は駅前に迎えにきた車に乗ってどこかに行った。」僕は一度話を止めた。
暖かい日に話すにしては陰気過ぎる話だと思った。「フラれちゃったね。」と、マリコは僕に言った。顔がなかば笑っているようにも見えたけど、気のせいかもしれない。「こんな中途半端な終わり方をするなら、話始めないよ。続きがある。」道の途中の小さな公園を見つけて、僕たちは適当に場所を見つけて座った。「これってどうやって遊ぶんだと思う?」とユキが僕に聞いた。どうやって使うのかが想像できない遊具が置いてあって、彼女は首をかしげていた。カタツムリを意識した黄色と黄緑で構成された不思議な形状の何か。「想像つかないな。」「背筋を矯正するんじゃない?」とマリコは言って半円に背中を乗せて寝そべった。腰から胸(綺麗な形の推定Dカップ)がきちんと強調されて、僕は見ていないふりをした。ユキは「逆上がりの練習をするんじゃなかな。」と棒に捕まってみた。「いや、これはきっと何の目的もなく作られたもので、どう使うかは、使うひとの想像力に任せられているんじゃないかな。」と言った。マリコの強調された胸を見ていると、それに気付いたみたいで、すっと立ち上がった。わざとじゃなかったのか。「それでどうなるの?さっきの話。」と言った。「独りで電車に乗っているときに考えていたよ。なんでいつもこうなっちゃうんだろうって。なんでも僕に関わると壊れたり惨めに失敗したり、そんなことばっかりなんだ。手元には何も残らない。家に変えるまでのあいだに何回か、もしかしたら彼女は遅れて待ち合わせ場所に来ているんじゃないかって思ったよ。家に着いて音楽を聴いていた。悲しいときにはいつも音楽を聴くんだ。なんとなく、パソコンを開いて、メールを見てみる。そうすると、彼女からメールが来ていた。『今日、急用が入って行けなくなっちゃった。ほかの日にできる?』っていう内容で、届いていた時間は僕が家を出た10分後くらいだった。嬉しいのか悲しいのか、とにかく、『待ち合わせに来ないからなんか事故にでも遭ったんじゃないかって心配してた。いつにする?』って送った。彼女はそのあとに僕に詫びたけど、でもしょうがない。携帯電話がなかったんだ。働き始めたらまず携帯電話を復旧させようと思った。」「なんで携帯電話ないの?」とユキ。「その3ヶ月くらい前に友達と遊ぼうと思って急いで財布と同じポケットに入れてたら無くなってたんだ。小さい携帯電話だったし。金もないから、新しいのも買えない。」ユキは頷いて、マリコは溜め息をついた。「それで、彼女とその一週間後にもう一度遭う約束をした。今度は直前に連絡が入ってもいいように僕の家の近くにした。待ち合わせで失敗しないように、出会ったビレッジバンガードで待ち合わせることにした。20時ちょうどにその場所に着いて彼女を探しても見つからない。溜め息をついて店の中を探しても見つからない。でも、しょうがない。こういうのは僕にはいつものことだって、そう思い込むことにした。そのまま帰るのも嫌だったから、そのへんに置いてある『装苑』を立ち読みしていると、隣に凄くシックな女の子が立っていた。『装苑』に出ている女の子より可愛らしいのに、でも、甘やかされてない雰囲気。それからやっと気付いた。洋服は前みたいにズボンじゃなくて、スカートだし、何よりも長い髪を短く切っていた。『遅れてごめん。』と彼女は僕に言って、なんとなく、気後れした。『うん。』とだけ、なんとか答えて、エレベータに乗って、上の階に登って彼女と二人で店舗の一覧を眺めているときにずっと自分に言い聞かせていた。『彼女だって恋もする普通の女の子なんだ。』って、何度もね。洋食やとか焼き肉とか、眺めていて、とりあえず、鉄板焼き屋を彼女は選んで、二人で店に入った。もんじゃ焼きを頼んで、彼女は出された水をどんどん飲んですぐに無くなった。よっぽど喉が乾いていたんだと思う。そういう細かいことも全部覚えている。彼女は綺麗だったから。このあとに来るお酒を彼女は全然飲まなくなるんじゃないかって心配になった。酒を飲まなくなる心配があるのは、酔っぱらってもらいたかったからで、酔っぱらって欲しかったのは、彼女を手に入れたかったから。もんじゃ焼きを作りながら、彼女と酒を飲んで、沢山のことを話した。好きな音楽のこと(彼女はナンバーガールが好きだって言っていた。)、好きな本のこと(彼女の文化的な情報源は主にあのビレッジバンガードだったらしい。最近、川上弘美を読んでいると言った。)、前の待ち合わせのこととか。その店にいたのは2時間くらいだったと思う。彼女はそのあいだに3杯の酒を飲んで、僕も同じように3杯の酒を飲んだ。彼女の赤くなった頬とか、少し濡れている目を見ていると、心が騒いだ。」

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