池袋東口のマクドナルド2階。呼吸を殺しているが、じきに殺されるのはこの俺自身だ。
仲間達はレーダーから5分前に全員消えた。
噂だけで聞いていたが、それは都市伝説だと思っていた。2年間、集め続けていたこの狙撃ライフルを仲間が消える前に渡せなかったせいで、この3ヶ月間の初心者狩りで得た’マネー’が無駄になる。
ログアウトできるまで、あと20分。運がよければ、やつから逃げきれるかもしれない。
息を凝らす。
手にはめたセンサーが心拍数を感知して、嫌でも’肢体’の息があがるが、息の音以前に、やつが持っているスコープで俺の姿が確認されているかもしれない。
入り口は一つのドアだけだし、やつが入ってきた瞬間に爆破されるように設置は済んでいる。
外の通りを一望できる窓から狙撃されないように、店内の奥に身を潜めている。時間は残り15分。なんとかなるかもしれない。
突然、窓ガラスが砕け散って、ガラスが店内に飛び込んできて煙で一杯になる。耳がおかしくなるような強烈な音でパニック寸前になる。
こうなることは予測していた。煙幕を使って一気に窓まで走り抜ける。
通りに出たところを狙撃されないように煙幕を投げてから、通りに出る。池袋駅のほうまで走れば転送ポイントがある。カラサワ製の自動肢体を緊急モードにして稼働させる。
頭に付けたギアに伝わる脳波の強さに連動して、そのうえ緊急モードにシフトした肢体で五輪レベルの全力疾走で走り始める。
倒れて火の上がった装甲車や、ただの車をくぐり抜けて池袋駅に入ろうとしたところで、目の前で爆発が起こって、身体が吹き飛ばされる。
手首と足首に巻き付けたリストバンドから電流が走る。肢体が吹き飛んだときのあの痛みほどではないにしても、何度食らっても慣れない。ただ、これが無ければこのゲームの面白さなんて無いのと同じだろう。
痛みがあるから、生を実感できるのだ。
吹き飛ばされて、地面に叩き付けられた瞬間、その0.5秒間、目の前の何も無い空間が蜃気楼のように揺らいで、その次の一瞬、目の前が真っ暗になる。
デフォルト画面になって、自分が『True Religion』からログアウトされたのが分かった。
呆然としながらも、チャットにつないで、仲間達に報告した。
「おい、あれってやっぱり噂のあれか?」
「ああ。やつだ。」
「ネット上の嘘だと思ってたけどな。」
「っていうか見れた?」
画像が表示される。
「これ、俺がキャプチャーした画像。」
表示された画像には、仲間のひとりが路上で一人で首を150度の角度で捻られている画像だ。
「光学迷彩・・・。まさか本当にやつが存在するなんてな。」
「遭遇したのが幸運なのか不幸なのか。」
「通称、『忍者』か。」
「もし、やつを殺ってたら手に入ったのにな。」
「でも、武器なしだぜ。武器は迷彩で消えないんだろうな。」
「ああ。俺もそれが半端ないと思う。」
「俺これから出社だから、落ちるわ。」
「またな。」
「ああ。」
透明のビリーヴァー(believer:信者という意味。TRのユーザを指す。)の出現情報は、
あっという間にネットに広がって池袋のエリアにログインするユーザが一気に増えた。
いつもは30名のビリーヴァー達が争う戦場が180名まで膨れ上がった。
過密状態の空間で、彼らは同士打ちを始めたが、ログアウトされる数とログインする数で、その両方が相殺しながらでもログイン数は加速した。
ムラハシがTRをするのは、その日が初めてだった。
ログインカードを1000円で発行して、筐体に差し込む。
筐体は縦横高さのそれぞれ2メートルのつや消しの黒で、その筐体(名称は無いが、欧米のユーザのなかでは俗称で『カーバ』と呼ばれている。)から四方に4人分のキーボードが配置されていて、それ以外の接続機器が伸びている。
同じく真っ黒の卵を転がったまま横に切ったような、ソファと椅子の中間のような形の椅子に座る(横たわると座るの中間だ。)。なんていうか、すっごくクールだ。
両手足の手首と足首にリストバンドを付ける。これは微弱な電気と振動を伝える装置で、電気で痛みを感じる仕組みに大きな批判が起こったが、RTが世間に浸透してから既成事実となった。
人指し指に指バンドをはめる。これはユーザの心拍数を測る装置で、心拍数が肢体(TR上のビリーヴァーの肉体のこと)の動きを左右する。次世代のRTではリストバンドに組み込まれる予定。
装着型のディスプレイ(正式名称はヘッドマウントディスプレイ)を付ける。イメージが付かないひとには、映像が見れるサングラスと言えば分かり易いだろうか。これで擬似的に視覚は、超大型のディスプレイ、いや、意識は、力が全ての疑似世界に埋没する。
それからヘッドフォン。TRの装置中ではいちばん現実味がある。なんてことはない。ただのヘッドフォンだ。ただ、これは現実の爆発音をそのまま再現すると、難聴になるので、適度に音が制限されている。それでも、普通のポータブルプレーヤーを最大の音量で音楽をかけるくらいにはなる。
それから最後に、ヘッドセット(当初ヘッドギアと呼ばれていたが大量殺人を起こした宗教団体を思い起こさせるという理由で、ヘッドセットと呼ばれるようになった。)を頭にかぶる。ヘッドセットはメロンや果物を保護する半球のザルみたいなアレによく似ている。これがTRを他のウォーゲームとはっきり区別する点で、ヘッドセットは装着した人間(猿がこれを装着して動作させた例がある。)の脳波を受信するのだ。
具体的に説明すると、人が歩くときに、脳から身体に電気信号が送られる。この脳の信号を、脳味噌に接触させずに、読み取って、TR上のキャラクタである肢体が、動くのだ。
実際に肢体を動かすときに身体を動かす必要はない。その部分の身体が動くイメージをする。そうすると、TR上の肢体は、そのイメージそのままにシュミーレションして動く。
キーボードは元々、身体に付いていないを動かすときに使われる。ショートカットを使って身体機能を、現実を遥かに超えるレベルまで引き上げたり、兵器を操作したりする。キーボードで「gain」と打ち込む。次世代のRTでは、このキーボードすらなくなるらしい。gainやfly(空を飛ぶパーツを身につけた肢体が使えるコマンド)のイメージをする動作を用意するんだろうか。
(開発者のアダム・ヘイズリット(ビリーヴァーのあいだでは「AH(エーエイチ)」や「アダム」などと呼ばれている。余談だが、『True Religion』は開発段階では、『Haslix(ヘイズリックス)』と呼ばれていたが、後述の『True Religion Plan』のために、名前が変更された。)は、元々、DARPA(国防高等研究所(アメリカの軍事の最先端の研究する団体))の研究員だったが、軍用の技術を、民間にも開放する’デュアルユース政策’を利用して、『True Religion』のヘッドギアシステムとゲームに流用する部分、そしてゲームそのものの殆どを作り上げた。そもそも、ゲームは軍人を効率よく安く訓練するための軍事目的のソフトだった。)
全ての端末を取り付けたムラハシは、『端末の装着を確認しました。初回練習モードに入ります。Enterキーを押してください。』の表示にしたがって。エンターキーを押した。
画面はただっ広い、草原になった。誰もいない。風の音だけが聞こえる。モンゴルの草原みたいだ。
ヘッドフォンからは優しそうなガイダンスの女性の声が聞こえる。眼前には何も見えない。
「True Religionへようこそ。」
と一言。2秒間の沈黙。ムラハシは、この’溜め’が役者だ、と思った。
「あなたはこれから5分間の導入訓練を受けたあと、戦場へ送られます。さっそく、訓練を始めましょう。歩くイメージをしてください。現実の身体を動かす必要はありません。あなたの身体があるくイメージです。」
ムラハシはアナウンスの通り、歩くイメージをする。足に付けたリストバンドから、かすかな振動を感じる。凄い。
そのあと、走る、止まる、座る、立つ、跳ねる、一通りの動きの訓練を受けると、キーボードの操作に移った。
「キーボードに『chat』と入力してください。」
画面上に半透明のチャットのウィンドウが開いた。
「これで、あなたはチームを組んだビリーヴァーとチャットすることができます。チャットのウィンドウを閉じたい場合には、ウィンドウ上部の×ボタンを見つめながら、コントロールキーを押しながらQのキーを押してください。」
いつか、これを戦闘しながら、操作することができるようになるんだろう。
「次に、『gain』と入力してください。」
画面の左上にGと表示されたのと同時に、キューンという電動のドライバが回転するような音が聞こえた。
「あなたはゲインモードになりました。通常の動作を3倍から10倍の速度とパワーで行うことができます。走る操作をしてください。」
走るイメージをすると、風景がどんどんと吸い込まれていって、風を切る音と芝を踏みしめる強い音が聞こえる。足のリストバンドの振動は、異常なほど早く、さっきと比べ物にならないくらい強い。
速く。もっと速く。速度は増しドライバの音が耳元で唸る。
「止まってください。」
止まると、足下で土が抉れて飛び散った。
「射撃モードに入ります。」
手元には知らぬ間に銃が握られている。
「キーボードに『shot』と入力してください。」
視界に赤く点滅する光が浮かび上がる。
「視線に反応して表示される赤い点がが射撃位置です。銃を持つ右手を標的に向けるイメージをしてください。」
銃が向けられると同時に標的が何もない空間に浮かびあがる。円が幾十か重なった黒い的。
「視線を的の中心に合わせて、トリガーを引く動作をイメージしてください。」
弾ける音がした瞬間に右手のリストバンドがビクっと振動して、的が粉々に砕けた。
「以上で導入訓練を終了します。あなたはこれから戦闘を開始します。」
一秒後に、ムラハシは街にいた。見覚えがある。ここは池袋東口だ。爆発する音や、何かが壊れる音、発砲音、そういったものの最中に巻き込まれている。
何人もの兵士が30メートルくらい先を武器を持っては知っている。きっとマシンガンだろう。タタタタタとという中東のニュース映像で聞こえる例の音が聞こえる。
一ゲーム500円という比較的高額のアーケードゲームだから、ちょっとパニックになりかけたけど、落ち着くように、右手の黒い銃を握りしめる。視界の右上には銃弾のマークの下に999/1000と表示されている。
またレーダーに一人ユーザが増えた。
単体でログインするから、きっと初心者だろう。そのユーザの近くに隠して配置した遠隔小型カメラ兼レーダー(池袋エリアには同様のカメラ兼レーダーが30個ほどサエリが配備していた。)に屋上に伏せたサエリは、遠隔操作モードで視覚を飛ばした。
Tシャツにジーパン、片手に小銃、完璧な初期状態。たぶん、5分も保たずに他のユーザに射撃されてログアウト、っていうところだろう。あまりの敷居の高さにもうログインすることはないかもしれない。
サエリはなんとなく、あのユーザを守りたくなった。特に理由があったわけじゃない。chatとタイプしてコンタクトを取る。
Saeri「ねぇ、あなた初心者でしょ。そんなところに立ってると危ないよ。生き残りたかったら、まず遮蔽物に隠れること。そこの交番の入り口あたりが最適ね。」
肢体が少しの間ウロウロして、なぜかgainモードで高速で歩いて交番にほうに向かっていって、それからほんの少しの間があって、サエリの画面にこう表示された。
Murahasi「君は誰?これって訓練モードの続き。」
Saeri「もう実戦よ。ちょっとわけあって、偶然あなたが飛び込んだこの空間はいつもの5倍くらい肢体がいるの。しかも、ほとんどが中級者以上。」
Murahasi「どこにいる?」
Saeri「隠れてるから見えないし、見つけることもできない。」
ムラハシのほうに接近する3人組の肢体を小型レーダーが探知している。
Saeri「ちょっとそこから動かないで。」
サエリはgainモードを限界まで設定したのを確認したあと、大通りを挟む30メートルのビルとビルの間を助走無しで跳躍する。
ノースロップ社製の限界まで改造された両足が、破壊的な力でビルを蹴って、屋上にひびが入り、足のめり込んだ刹那、45度の角度で跳び上がる。
向かいのビルに着地した瞬間に振り返り、右股が開いて、そこに隠してある銃砲を切った小型レーザーライフルを取り出して、ビルの端に伏せて、shotモードに入って交番の近くを中腰で移動する3人組のいちばん後列に照準を合わせた。
gainモードに設定してから照準を合わせるまで、わずか9秒間。10秒目には、一人目の肢体を死体に変えた。そして、後方が倒れた音で立ち止まった二人を打ち抜いたのは、13秒目だった。
股に銃をしまって、再度の跳躍。
ビルの屋上の光線を見たやつらがビルのほうに無闇に射撃するが、そこにはもうサエリはいない。
Saeri「悪いやつらやっつけたから、交番の横を見てくれない。」
Murahasi「倒れてる。」
Saeri「そこの死んでるやつらから武器を取って。で、すぐに逃げて。すぐ奪えるのは銃だけだから、先頭のやつのショットガンね。」
Murahasi「勝手にもらっていいの。」
Saeri「空間から肢体が消えるまでは10分間。その時間は自由に装備品を奪っていい。敵を倒してないやつでもね。」
Murahasi「了解」
Saeri「じゃあ、その武器を持って、そこのマクドナルドに入って二階に登って。」
西武デパートの屋上に隠した武器のなかから、閃光弾(破裂と同時に大音響と閃光を発する手榴弾の一種。閃光弾)の箱を選び取る。
駅の前の大通りに陣取った100人くらいの装甲車(4両)と戦車(2両)の連中がいて、武器を持って戦場に出て行くタイミングを測っていた。
Murahasi「どうすればいいだろう。」
Saeri「ちょっと掃除をするから待ってて。」
一本の指に二つの閃光弾のピンをはめて、合計8つの閃光弾を片手に持つ。
地上に陣取るっていうのがセンスないのよね、とサエリは思いながら、捨てるように、M84スタングレネードを放り投げた。一個目が地面に落ちる前に、二個目のピンを引いて投げていた。
まるで、時限爆弾が連続で爆発し始めるみたいに、視界を奪う光が炸裂して、それが何度も連続した。6つ目が爆発した頃にやっと反撃が始まったが、パニックを起こした5人くらいが、デパートとは全く違う方向に射撃していただけだった。
8つ目を放った時点で、装甲車と戦車に入っている以外のほとんどの肢体はパニックを起こして、転送ポイントに逃げ込んでログアウトしていた。パニックは伝染して、少なくない肢体はそれに続いて、頭数の半分くらいはいなくなっていた。それでも、サエリのレーダーは砂粒のように敵の群れを映していた。
閃光弾に変わって、本物の金属片が爆裂する手榴弾をさっきと同じように8つ指にはめて、今度は同時に投げ落とす。視覚装置を赤外線に変えた(光学迷彩対策でそれがあれば)肢体達は、落ちてきた手榴弾を冷静に視界に収めてじっと動かない。
爆弾の投下から5秒開けて、華麗な軌道を描きながらサエリは跳び上がった。
サエリがgainモードを全開にしながら、空中で跳び上がった一番高い位置に届いのとほぼ同じタイミングで、地上ではM67破片手榴弾が飛び散り、わずかな衝撃が両手足を揺らす。
そして落下。
感じるはずのない重力を全身で受けながら、周囲に包囲するように設置した小型カメラに神経を集中する。なぜなら、何も考えなくても身一つで全ての肢体を破壊すること異常に、外野から狙撃するリスクがあったからだ。
まだ戦闘に参加できる肢体は、サエリが無音で着地した時点で8名にまで減っていた。
動揺している状態がなるべく続いている間に、近距離向けの装備をしている肢体から叩く。この場合、散弾銃を持つ白人タイプの肢体、短機関銃を持つ同じくメスティーソタイプの肢体。
武器の安全装置を外している前者をファイティングナイフで頸動脈を一線、最初の男が倒れる前には、後者の男の股に投げられたナイフが刺さり、膝を付くと首がひしゃげるが、そいつが見ていた光景は、ただ宙を浮くナイフのみ。
なぜ赤外線で姿を感知できないのか考え間もなく、ログアウトされた。
騒然とした半径30メートルの空間で残る肢体は6名。メスティーソタイプが持っていたをH&K MP5を手から奪いさって超高速で、対空砲をこっちに向けようとする肢体と、片腕が吹き飛んだ小銃を持つ2体の肢体の頭を打ち抜いて、短機関銃を捨てた。投げ捨てた場所に、高速で飛び込んできた大型の何かが落ちて爆発した。
近くで、馬鹿みたいに止まったままだった戦車が山勘で、攻撃を始めた。
目的を達成したことを理解したサエリは、跳び上がり、消えた。
仲間達はレーダーから5分前に全員消えた。
噂だけで聞いていたが、それは都市伝説だと思っていた。2年間、集め続けていたこの狙撃ライフルを仲間が消える前に渡せなかったせいで、この3ヶ月間の初心者狩りで得た’マネー’が無駄になる。
ログアウトできるまで、あと20分。運がよければ、やつから逃げきれるかもしれない。
息を凝らす。
手にはめたセンサーが心拍数を感知して、嫌でも’肢体’の息があがるが、息の音以前に、やつが持っているスコープで俺の姿が確認されているかもしれない。
入り口は一つのドアだけだし、やつが入ってきた瞬間に爆破されるように設置は済んでいる。
外の通りを一望できる窓から狙撃されないように、店内の奥に身を潜めている。時間は残り15分。なんとかなるかもしれない。
突然、窓ガラスが砕け散って、ガラスが店内に飛び込んできて煙で一杯になる。耳がおかしくなるような強烈な音でパニック寸前になる。
こうなることは予測していた。煙幕を使って一気に窓まで走り抜ける。
通りに出たところを狙撃されないように煙幕を投げてから、通りに出る。池袋駅のほうまで走れば転送ポイントがある。カラサワ製の自動肢体を緊急モードにして稼働させる。
頭に付けたギアに伝わる脳波の強さに連動して、そのうえ緊急モードにシフトした肢体で五輪レベルの全力疾走で走り始める。
倒れて火の上がった装甲車や、ただの車をくぐり抜けて池袋駅に入ろうとしたところで、目の前で爆発が起こって、身体が吹き飛ばされる。
手首と足首に巻き付けたリストバンドから電流が走る。肢体が吹き飛んだときのあの痛みほどではないにしても、何度食らっても慣れない。ただ、これが無ければこのゲームの面白さなんて無いのと同じだろう。
痛みがあるから、生を実感できるのだ。
吹き飛ばされて、地面に叩き付けられた瞬間、その0.5秒間、目の前の何も無い空間が蜃気楼のように揺らいで、その次の一瞬、目の前が真っ暗になる。
デフォルト画面になって、自分が『True Religion』からログアウトされたのが分かった。
呆然としながらも、チャットにつないで、仲間達に報告した。
「おい、あれってやっぱり噂のあれか?」
「ああ。やつだ。」
「ネット上の嘘だと思ってたけどな。」
「っていうか見れた?」
画像が表示される。
「これ、俺がキャプチャーした画像。」
表示された画像には、仲間のひとりが路上で一人で首を150度の角度で捻られている画像だ。
「光学迷彩・・・。まさか本当にやつが存在するなんてな。」
「遭遇したのが幸運なのか不幸なのか。」
「通称、『忍者』か。」
「もし、やつを殺ってたら手に入ったのにな。」
「でも、武器なしだぜ。武器は迷彩で消えないんだろうな。」
「ああ。俺もそれが半端ないと思う。」
「俺これから出社だから、落ちるわ。」
「またな。」
「ああ。」
透明のビリーヴァー(believer:信者という意味。TRのユーザを指す。)の出現情報は、
あっという間にネットに広がって池袋のエリアにログインするユーザが一気に増えた。
いつもは30名のビリーヴァー達が争う戦場が180名まで膨れ上がった。
過密状態の空間で、彼らは同士打ちを始めたが、ログアウトされる数とログインする数で、その両方が相殺しながらでもログイン数は加速した。
ムラハシがTRをするのは、その日が初めてだった。
ログインカードを1000円で発行して、筐体に差し込む。
筐体は縦横高さのそれぞれ2メートルのつや消しの黒で、その筐体(名称は無いが、欧米のユーザのなかでは俗称で『カーバ』と呼ばれている。)から四方に4人分のキーボードが配置されていて、それ以外の接続機器が伸びている。
同じく真っ黒の卵を転がったまま横に切ったような、ソファと椅子の中間のような形の椅子に座る(横たわると座るの中間だ。)。なんていうか、すっごくクールだ。
両手足の手首と足首にリストバンドを付ける。これは微弱な電気と振動を伝える装置で、電気で痛みを感じる仕組みに大きな批判が起こったが、RTが世間に浸透してから既成事実となった。
人指し指に指バンドをはめる。これはユーザの心拍数を測る装置で、心拍数が肢体(TR上のビリーヴァーの肉体のこと)の動きを左右する。次世代のRTではリストバンドに組み込まれる予定。
装着型のディスプレイ(正式名称はヘッドマウントディスプレイ)を付ける。イメージが付かないひとには、映像が見れるサングラスと言えば分かり易いだろうか。これで擬似的に視覚は、超大型のディスプレイ、いや、意識は、力が全ての疑似世界に埋没する。
それからヘッドフォン。TRの装置中ではいちばん現実味がある。なんてことはない。ただのヘッドフォンだ。ただ、これは現実の爆発音をそのまま再現すると、難聴になるので、適度に音が制限されている。それでも、普通のポータブルプレーヤーを最大の音量で音楽をかけるくらいにはなる。
それから最後に、ヘッドセット(当初ヘッドギアと呼ばれていたが大量殺人を起こした宗教団体を思い起こさせるという理由で、ヘッドセットと呼ばれるようになった。)を頭にかぶる。ヘッドセットはメロンや果物を保護する半球のザルみたいなアレによく似ている。これがTRを他のウォーゲームとはっきり区別する点で、ヘッドセットは装着した人間(猿がこれを装着して動作させた例がある。)の脳波を受信するのだ。
具体的に説明すると、人が歩くときに、脳から身体に電気信号が送られる。この脳の信号を、脳味噌に接触させずに、読み取って、TR上のキャラクタである肢体が、動くのだ。
実際に肢体を動かすときに身体を動かす必要はない。その部分の身体が動くイメージをする。そうすると、TR上の肢体は、そのイメージそのままにシュミーレションして動く。
キーボードは元々、身体に付いていないを動かすときに使われる。ショートカットを使って身体機能を、現実を遥かに超えるレベルまで引き上げたり、兵器を操作したりする。キーボードで「gain」と打ち込む。次世代のRTでは、このキーボードすらなくなるらしい。gainやfly(空を飛ぶパーツを身につけた肢体が使えるコマンド)のイメージをする動作を用意するんだろうか。
(開発者のアダム・ヘイズリット(ビリーヴァーのあいだでは「AH(エーエイチ)」や「アダム」などと呼ばれている。余談だが、『True Religion』は開発段階では、『Haslix(ヘイズリックス)』と呼ばれていたが、後述の『True Religion Plan』のために、名前が変更された。)は、元々、DARPA(国防高等研究所(アメリカの軍事の最先端の研究する団体))の研究員だったが、軍用の技術を、民間にも開放する’デュアルユース政策’を利用して、『True Religion』のヘッドギアシステムとゲームに流用する部分、そしてゲームそのものの殆どを作り上げた。そもそも、ゲームは軍人を効率よく安く訓練するための軍事目的のソフトだった。)
全ての端末を取り付けたムラハシは、『端末の装着を確認しました。初回練習モードに入ります。Enterキーを押してください。』の表示にしたがって。エンターキーを押した。
画面はただっ広い、草原になった。誰もいない。風の音だけが聞こえる。モンゴルの草原みたいだ。
ヘッドフォンからは優しそうなガイダンスの女性の声が聞こえる。眼前には何も見えない。
「True Religionへようこそ。」
と一言。2秒間の沈黙。ムラハシは、この’溜め’が役者だ、と思った。
「あなたはこれから5分間の導入訓練を受けたあと、戦場へ送られます。さっそく、訓練を始めましょう。歩くイメージをしてください。現実の身体を動かす必要はありません。あなたの身体があるくイメージです。」
ムラハシはアナウンスの通り、歩くイメージをする。足に付けたリストバンドから、かすかな振動を感じる。凄い。
そのあと、走る、止まる、座る、立つ、跳ねる、一通りの動きの訓練を受けると、キーボードの操作に移った。
「キーボードに『chat』と入力してください。」
画面上に半透明のチャットのウィンドウが開いた。
「これで、あなたはチームを組んだビリーヴァーとチャットすることができます。チャットのウィンドウを閉じたい場合には、ウィンドウ上部の×ボタンを見つめながら、コントロールキーを押しながらQのキーを押してください。」
いつか、これを戦闘しながら、操作することができるようになるんだろう。
「次に、『gain』と入力してください。」
画面の左上にGと表示されたのと同時に、キューンという電動のドライバが回転するような音が聞こえた。
「あなたはゲインモードになりました。通常の動作を3倍から10倍の速度とパワーで行うことができます。走る操作をしてください。」
走るイメージをすると、風景がどんどんと吸い込まれていって、風を切る音と芝を踏みしめる強い音が聞こえる。足のリストバンドの振動は、異常なほど早く、さっきと比べ物にならないくらい強い。
速く。もっと速く。速度は増しドライバの音が耳元で唸る。
「止まってください。」
止まると、足下で土が抉れて飛び散った。
「射撃モードに入ります。」
手元には知らぬ間に銃が握られている。
「キーボードに『shot』と入力してください。」
視界に赤く点滅する光が浮かび上がる。
「視線に反応して表示される赤い点がが射撃位置です。銃を持つ右手を標的に向けるイメージをしてください。」
銃が向けられると同時に標的が何もない空間に浮かびあがる。円が幾十か重なった黒い的。
「視線を的の中心に合わせて、トリガーを引く動作をイメージしてください。」
弾ける音がした瞬間に右手のリストバンドがビクっと振動して、的が粉々に砕けた。
「以上で導入訓練を終了します。あなたはこれから戦闘を開始します。」
一秒後に、ムラハシは街にいた。見覚えがある。ここは池袋東口だ。爆発する音や、何かが壊れる音、発砲音、そういったものの最中に巻き込まれている。
何人もの兵士が30メートルくらい先を武器を持っては知っている。きっとマシンガンだろう。タタタタタとという中東のニュース映像で聞こえる例の音が聞こえる。
一ゲーム500円という比較的高額のアーケードゲームだから、ちょっとパニックになりかけたけど、落ち着くように、右手の黒い銃を握りしめる。視界の右上には銃弾のマークの下に999/1000と表示されている。
またレーダーに一人ユーザが増えた。
単体でログインするから、きっと初心者だろう。そのユーザの近くに隠して配置した遠隔小型カメラ兼レーダー(池袋エリアには同様のカメラ兼レーダーが30個ほどサエリが配備していた。)に屋上に伏せたサエリは、遠隔操作モードで視覚を飛ばした。
Tシャツにジーパン、片手に小銃、完璧な初期状態。たぶん、5分も保たずに他のユーザに射撃されてログアウト、っていうところだろう。あまりの敷居の高さにもうログインすることはないかもしれない。
サエリはなんとなく、あのユーザを守りたくなった。特に理由があったわけじゃない。chatとタイプしてコンタクトを取る。
Saeri「ねぇ、あなた初心者でしょ。そんなところに立ってると危ないよ。生き残りたかったら、まず遮蔽物に隠れること。そこの交番の入り口あたりが最適ね。」
肢体が少しの間ウロウロして、なぜかgainモードで高速で歩いて交番にほうに向かっていって、それからほんの少しの間があって、サエリの画面にこう表示された。
Murahasi「君は誰?これって訓練モードの続き。」
Saeri「もう実戦よ。ちょっとわけあって、偶然あなたが飛び込んだこの空間はいつもの5倍くらい肢体がいるの。しかも、ほとんどが中級者以上。」
Murahasi「どこにいる?」
Saeri「隠れてるから見えないし、見つけることもできない。」
ムラハシのほうに接近する3人組の肢体を小型レーダーが探知している。
Saeri「ちょっとそこから動かないで。」
サエリはgainモードを限界まで設定したのを確認したあと、大通りを挟む30メートルのビルとビルの間を助走無しで跳躍する。
ノースロップ社製の限界まで改造された両足が、破壊的な力でビルを蹴って、屋上にひびが入り、足のめり込んだ刹那、45度の角度で跳び上がる。
向かいのビルに着地した瞬間に振り返り、右股が開いて、そこに隠してある銃砲を切った小型レーザーライフルを取り出して、ビルの端に伏せて、shotモードに入って交番の近くを中腰で移動する3人組のいちばん後列に照準を合わせた。
gainモードに設定してから照準を合わせるまで、わずか9秒間。10秒目には、一人目の肢体を死体に変えた。そして、後方が倒れた音で立ち止まった二人を打ち抜いたのは、13秒目だった。
股に銃をしまって、再度の跳躍。
ビルの屋上の光線を見たやつらがビルのほうに無闇に射撃するが、そこにはもうサエリはいない。
Saeri「悪いやつらやっつけたから、交番の横を見てくれない。」
Murahasi「倒れてる。」
Saeri「そこの死んでるやつらから武器を取って。で、すぐに逃げて。すぐ奪えるのは銃だけだから、先頭のやつのショットガンね。」
Murahasi「勝手にもらっていいの。」
Saeri「空間から肢体が消えるまでは10分間。その時間は自由に装備品を奪っていい。敵を倒してないやつでもね。」
Murahasi「了解」
Saeri「じゃあ、その武器を持って、そこのマクドナルドに入って二階に登って。」
西武デパートの屋上に隠した武器のなかから、閃光弾(破裂と同時に大音響と閃光を発する手榴弾の一種。閃光弾)の箱を選び取る。
駅の前の大通りに陣取った100人くらいの装甲車(4両)と戦車(2両)の連中がいて、武器を持って戦場に出て行くタイミングを測っていた。
Murahasi「どうすればいいだろう。」
Saeri「ちょっと掃除をするから待ってて。」
一本の指に二つの閃光弾のピンをはめて、合計8つの閃光弾を片手に持つ。
地上に陣取るっていうのがセンスないのよね、とサエリは思いながら、捨てるように、M84スタングレネードを放り投げた。一個目が地面に落ちる前に、二個目のピンを引いて投げていた。
まるで、時限爆弾が連続で爆発し始めるみたいに、視界を奪う光が炸裂して、それが何度も連続した。6つ目が爆発した頃にやっと反撃が始まったが、パニックを起こした5人くらいが、デパートとは全く違う方向に射撃していただけだった。
8つ目を放った時点で、装甲車と戦車に入っている以外のほとんどの肢体はパニックを起こして、転送ポイントに逃げ込んでログアウトしていた。パニックは伝染して、少なくない肢体はそれに続いて、頭数の半分くらいはいなくなっていた。それでも、サエリのレーダーは砂粒のように敵の群れを映していた。
閃光弾に変わって、本物の金属片が爆裂する手榴弾をさっきと同じように8つ指にはめて、今度は同時に投げ落とす。視覚装置を赤外線に変えた(光学迷彩対策でそれがあれば)肢体達は、落ちてきた手榴弾を冷静に視界に収めてじっと動かない。
爆弾の投下から5秒開けて、華麗な軌道を描きながらサエリは跳び上がった。
サエリがgainモードを全開にしながら、空中で跳び上がった一番高い位置に届いのとほぼ同じタイミングで、地上ではM67破片手榴弾が飛び散り、わずかな衝撃が両手足を揺らす。
そして落下。
感じるはずのない重力を全身で受けながら、周囲に包囲するように設置した小型カメラに神経を集中する。なぜなら、何も考えなくても身一つで全ての肢体を破壊すること異常に、外野から狙撃するリスクがあったからだ。
まだ戦闘に参加できる肢体は、サエリが無音で着地した時点で8名にまで減っていた。
動揺している状態がなるべく続いている間に、近距離向けの装備をしている肢体から叩く。この場合、散弾銃を持つ白人タイプの肢体、短機関銃を持つ同じくメスティーソタイプの肢体。
武器の安全装置を外している前者をファイティングナイフで頸動脈を一線、最初の男が倒れる前には、後者の男の股に投げられたナイフが刺さり、膝を付くと首がひしゃげるが、そいつが見ていた光景は、ただ宙を浮くナイフのみ。
なぜ赤外線で姿を感知できないのか考え間もなく、ログアウトされた。
騒然とした半径30メートルの空間で残る肢体は6名。メスティーソタイプが持っていたをH&K MP5を手から奪いさって超高速で、対空砲をこっちに向けようとする肢体と、片腕が吹き飛んだ小銃を持つ2体の肢体の頭を打ち抜いて、短機関銃を捨てた。投げ捨てた場所に、高速で飛び込んできた大型の何かが落ちて爆発した。
近くで、馬鹿みたいに止まったままだった戦車が山勘で、攻撃を始めた。
目的を達成したことを理解したサエリは、跳び上がり、消えた。
コメント
ギブスンとかいとうせいこうの解体屋とかの。
テレビゲームの作者はきっとSF詳しい。
> テレビゲームの作者はきっとSF詳しい。
といえば、15年近く前、初代プレステのソフトのサイバーパンクSFなゲーム「クーロンズゲート」が、それはそれはSF小説&現代思想ファンのツボだらけだったのを思い出した。とっくにクリアしたソフトも、糊がだめになってページのばらばらになった解説本も、今でも面白すぎて捨てられない。
あと攻殻は思いっきり意識したかな。あと、メタルギアソリッド!(笑)
でも光学迷彩はそろそろ現実で配備されるみたい。
それと、ガンツとか。
書きたいと思ってたのがゲームっていう設定持ち込んでやっと書けた。
あと、文体は何も参考なしで書いた。ムズい。
ブレイクエイジ面白いよー。