ログアウト中に画面が表示されて、「取得した武器を売却しますか?」の問いが表示された。
急いでいたが、これが『True Religion Plan』に参加することに繋がると思って、好奇心で、売却する。という選択肢を選んだ。
拾った武器の中で、ナイフは元から持っている折りたたみナイフがあったから、これを売ることにした。
「$10」と表示された。中古のナイフが現実でいくらで売れるのか検討がつかなかったが、とにかく、売却。
手元に入ったのは$5だ。
$5はTrue Religion Planによって、税金のようにそのまま第三世界(アジア・アフリカ・ラテンアメリカの途上国)に寄付金として収められた。
これがTrue Religionをほかのオンラインゲームと隠しているところだ。ゲームの利用料金はそのまま、True Religion社の利益になるが、武器の売買には50%の税率が付く。
バーチャルシュミレーションの戦争で発生した経済が、現実の戦争や内戦や、間接的な搾取で生まれた貧困を解消する。

ウェブで見つけた、開発者AHのインタビューはこんな内容だった。
「いまよりずっと若い頃、私は理想主義者だった。いまより若い頃、私は愛国者だった。いまより少しだけ若い頃、私は現実主義者だった。そして、今はただの企業家になった。」
インタビュアーはこう尋ねた。「TRによって戦争は無くなると思いますか?」
AHは答えた。「戦争は無くなるかもしれないが、進化する仮想の戦闘によって闘争本能は拡大されるだろう。」
そして話題はTRコンプレックスに移った。
「TRのアクティブユーザ数は1000万人を超えました。それにより、TRコンプレックスと呼ばれる、現実との区別が付かなくなったTRユーザの犯罪が増えましたが......。」
「私は科学者です。具体的な調査に基づかない質問にはお答えできません。
 こう答える資格が私にはないでしょうが、現実の戦争で死んだ人間の数に比べれば、TRによって死亡した数は1000万分の1以下です。
 しかし、確実なことは、TRによって命を落とさずに済んだアフリカの子供達の数は、5000万人を既に超えているということです。」
「次世代TRの展望については?」
「ゲームとしてTRのハードウェアについては、キーボードは廃止されます。全てヘッドセットからの脳信号での命令に切り替わります。リストバンドは、グローブ型に変わります。
 ソフトウェアに関しては、かなり大掛かなシステムの追加を開始します。これは市場と言ってもいいものでしょう。
 今までTRでは兵器に関してはTRがプログラムを作り、TRが販売を独占していましたが、次世代のTRでは兵器のデータをTRに登録した会社が販売することができます。
 まず、兵器ベンダーとしての審査と登録。そして、兵器はデータ容量やゲームバランスや価格などの審査を通り、TR上で販売できます。利益の分配に関しては、検討段階ですが、50%のTRプランに関しては変更なしです。」

$5は、ムラハシのTRに記録された。ネットオークションでは、このカードが売買されている。$(TRドル)10,000の入ったTRのカードが$(アメリカドル)10,000くらいで売られている。
ムラハシは、待ち合わせ場所まで行く途中に、TRの掲示板群で、今日の戦闘についての情報を探した。
スレッド名は『TR 池袋駅エリア パート18』
23.TR信者さん おい、忍者が出没してるぞ。
28.TR信者さん 見当たらない
31.TR信者さん さっきやられた。たぶんライフルで一撃。レーダーうつんねー
32.TR信者さん >31 赤外線なら見えるんじゃね? いまからいってきます
35.TR信者さん 光学迷彩ってどうやって手に入れるの?
42.TR信者さん 隠しアイテイムって噂
48.TR信者さん 中の人がTRの社員って噂
51.TR信者さん 今から100人オーバーのチーム組んで忍者狩り
64.TR信者さん >51 プロ信者か。いくらで光学迷彩をオークションに出す?
51.TR信者さん 見つからんし。
70.TR信者さん なんか光った!
73.TR信者さん レーザーライフルwwwww
78.TR信者さん >73 まじで社員か!?誰か画像アップして
80.TR信者さん 新しい武器のテスターか?実地テストかよ
88.TR信者さん レーザーライフルで頭打ち抜かれて$50,000くらいの武器を奪われた俺が来ましたよ
32.TR信者さん なんかすげー爆発してる
90.TR信者さん やられた。いきなり手榴弾でやられた。強過ぎ。
ムラハシは適当に流し読みしながら考えていた。
まず、Believer達の中では、忍者(サエリ)は伝説的な存在だということ。彼女がゲーム上には存在しない非公式な武器を使っていること。あの戦闘で確認した限り、TR内部の関係者ではないこと。
最新の書き込みを読んだ。
578.TR信者さん 自爆覚悟でハンドグレネード巻き付けて攻撃待ってればいいんじゃね?
589.TR信者さん >578 熱光学迷彩ごと消えるし、$も獲得できなくね?
578.TR信者さん 名誉の戦死
603.TR信者さん 爆薬身体に巻いてみたww 逝ってきます
612.TR信者さん >603 お前ww ちょっとまじやめれ
ムラハシは携帯でサエリ宛てにショートメッセージを送った。「肢体に爆薬巻いて自爆覚悟で攻撃しようとするやつがいるから気をつけろ」すぐに返信が来た。「了解。もうログアウトする。派手にやりすぎた。」

   




僕は家で小説のプロットを書いていた。
前に書いた小説をプロットなしで書いたせいで、話の筋がない、冗長な物語になった教訓からだ。
登場人物は、通販の女性下着を売る女性の社長の話で、六本木のキャバクラ嬢からホステスになり、銀座のホステスになり、店を持ち、そして下着の通販の会社を作った。
下着の通販の会社は、成功していたが、それはいわば、表の仕事で、裏の仕事は、政治家や大会社の社長に女性を斡旋する仕事をしていた。
主人公の女性は紛れも無い俗物だったが、人間的魅力がそれを感じさせない。
その女性を中心として、世の中の縮図を描き出す話だったが、どことなく作りっぽくて、小説は進まなかった。
なんとなく僕は友人(女性)にメールを送った。
今週の火曜に彼女に会う予定だったんだけれど、彼女に会えなくて、彼女の元アシスタントの女性と話をしていた。
元アシスタントの女性は、健康そうに焼けた肌、白く綺麗に揃った歯、素直そうな黒い小さな目が長い前髪にかかって見えて、なんとなく僕は父親のことを思い出した。父親の目に似ていたから。
ときどき、父親が昔飼っていた牛の話を思い出す。「人懐っこくてねぇ。手を伸ばすと手を舐めるんだよ。」父親の限りない善良さは、そういう動物の影響かもしれない。
だから、彼女と話をしていた時、その目を見ては、何度も僕は人懐っこい子牛のこと、その子牛の悪いことを何も知らなさそうな父親の目を思い出した。彼女の垂れた目と、ほんの少しの皺。
それで、会うはずだった女性の現アシスタントが代わりに来て僕は手紙を受け取った。
手紙の内容は、気にかかることがあって会う気になれなかったことを詫び、そして、旅行の土産のエルメスの香水について(「あなたに似合うと思って」)、最後に、自分は人と打ち解けるのに時間がかかる人間だと伝えていた。
僕は、女性から手紙を貰うのは、それが初めてだった。彼女は僕の倍くらいの年で、倍くらいの年の女性の知り合いはそれほど沢山いないけれど、彼女達はみな賢く、男性と適切な関係と距離を作るのが皆上手だ。
手紙を受け取って、帰りに元アシスタントの女性に一枚のCDを渡して、もう片方を会えなかったひとに現アシスタント(僕はギリシャ神話の神々の使者Hermesを連想した)にもう一枚のCDを渡した。
正直に言って、どちらのCDをどちらに渡しても僕は構わなかった。甲乙付け難いほど、気に入っている音楽だし、そのどちらの女性も選べないほど魅力的だったから、というのは嘘で、
もっと正直に言って、いちいち物に意味を込めようとは思わなかったからだ。
下の文章の通り、物事を飾る豊かさというものに僕は興味を持っていなかった。
****************
辻さん。
こんばんは。

先日は会えなくて残念でしたが、あなたに会えなかったのは残念でしたが、あなたの友人と話が盛り上がって楽しかったです。
嫌いな食べ物の話で、ハムメロン(メロンハム?)で盛り上がったときがとても楽しかったです。
途中で話が中断してしまいましたが、僕がしたかったのはこういうエピソードです。

ハムメロン(メロンハム?)を最初作ったのは、ニューヨークの創作料理の有名料理人が、話題の料理を作るために無理矢理作ったのがそれで、
初めて世に出たときの反響は凄まじいものでした。でもやっぱり、最先端のクールな雑誌に載るような有名店が出した創作料理なので、評判がいい訳です。
でも、それを食べたなかの少なくない人達は食べたときに、内心では首をかしげてしまいます。「これはどうかなぁ。」「いやいやいや食えたもんじゃないから。」とか。
けれど、雑誌で評判になり、それはクールな最先端の料理店で出しているので、みんな心ではどう思っても、「Nice!」とか「Cool!」とか「Delicious!!」とか言っちゃうわけです。
それが、僕がハムメロン(メロンハム?)が嫌いな理由です。
あと、酢豚のパイナップルも嫌いです。
それはやっぱり上海の超一流のホテルで。という話もあります。

返事の見込みがないメールも気が楽でいいですね。
好きなことを着地点や返信のし易さを考えずに延々と書けるなんていいじゃないですか。
そんなわけで、返信を念頭に入れないですむなら、というわけで、やたらと長文にしようと思います。
喋るのは苦手だけど、書くのは得意です。巧い訳ではありませんが。得にテーマがないときなんてならなおさら饒舌です。

香水、嬉しかったです。
似合うようになるまで待つほうがいいんでしょうが、来週何かあって死ぬかもしれないし、使おうと思います。
僕もあなたと同じで恐がりなのかもしれません。ただ、そこから導かれる考え方の違いだけで。
もし使い切ったら違う種類の香水をあなたに貰おうと思います。不躾でしょうか。
僕は誰かと知り合うときはそれからずっと続くと考えます。

CDは聴いてくれましたか?
『Just Calling For You』はとてもとても大切に思っている曲です。終盤のピアノソロを聴くたびに、何かを思い出せそうな時の感覚になります。

ところで、辻さんはハムメロン(メロンハム?)は好きですか?あと、酢豚のパイナップルとか。

たった今、もらった香水をつけてみました。香水をつけるのは生まれて初めてです。感想はですね、……
昔、父親がつけてた整髪剤の匂いをもっと清潔にして、スマートにした感じがしますね。
凄く嬉しいです。
関係ありませんし、どうでもいいんですけど、父親はマルボロという煙草ばかり吸っていました。

さて、これだけ長文になれば、間違いなく辻さんから返事があることはないでしょう。ハハハ。
でも、僕はかまいません。ここまでつらつら書くのは結構楽しかったからです。

また会ったら挨拶しますね。
きっとまた上手く話すことはできないでしょうが。

あと、気が向いたら、またこうやってメールするかもしれません。
もちろん、その時も返事は無くてかまいません。

最後に。
洗練(彼女からの手紙には『あなたがもっと洗練したらこの香水が似合うようになるでしょう。』と書いてあった)という言葉について考えていました。
あなたが言わんとする洗練は、なんとなくイメージがつきます。
それで、僕にとっての洗練について話したいと思います。
僕にとっての洗練は、物事(ゲームと言ってもいいかも)を効率よく処理することです。
簡単に可愛い女の子と寝ることができたり、楽をして沢山のお金を稼いだり、そういうことです。
きっとあなたが考える洗練とはかけ離れていると思います。
共感を求めているわけではないので気にしないでください。
ただ、僕が言いたいのは生活を飾ること以上に、生活を過ごしやすくしたいということです。
これは多分、余裕のない人の考え方かもしれません。

そろそろ、作文も1時間くらい続けてる気がしてきたので、やめます。

おやすみなさい。
あと、この文章を今書いてる小説にそのまま流用するかもしれません。あしからず。
では
****************
Tony HymasのCDはパッケージを開けて、自分が散々聴いていたものだから、彼女は気を悪くしたかもしれないと思いつつ、一つ考えが浮かんだ。
現アシスタントの女性が、そのCDを開けて聴いたかもしれない、という仮定だ。CDはいくら聴いても磨り減らないし、もし、使者のあの子(僕の3つだけ年齢が上だ)が、
僕の渡したCD(「9曲目を聴いてほしい」と伝えた)を、聴いたときに、何を感じたのかを僕は知りたくなった。それはある意味、この小説に似ているかもしれない。
ごくごく個人的なことを、共感できる形に加工して、パッケージングする。

『Just Calling For You』という曲のエピソードがもう一つある。
ミュージシャンのイノさんが経営している恵比寿のカフェでイベント、一度だけ朝食を共にした精神科医が死んで、彼らの周りの人達が開いたパーティーに出たことがある。
そう、ちょうど、このときのことは前にこの小説で書いた。たしか、ハプニングバーで働く女の子に連絡をした、あの夜のことだ。
そのイベントの最中に、ある女の子(間違いなく良い育ちをしている)から、「あなた、みんなと全然違う。」と言われたことだ。
動物的な直感なのか、後天的な社会階級で手に入れた感覚からなのか、はっきりと僕は「あなた全然違うけどなんでいるの?」と言われた。
その時、僕は怒ったわけでも、侮辱されたと思ったわけでも、傷ついたわけでもない。漠然と、同時に、明確に、『飢え』について『洗練』について、そういう考えが頭を離れなくなった。
OK
僕は、僕の言う意味で’しか’洗練されることはないだろう。
それで、違う夜に、僕はイノさんと話をしていた。その夜、彼のクールな奥さんもいた。前会ったときより、ずっと疲れているように見えた。彼のクールな音楽と、クールな奥さん。
「イノさんは深刻に考え過ぎなんですよ。」と確か僕は言ったと思う。違う言い方をすれば「鬱病をこじらせる必要はないよ」あとなんだっけ。ピアノの音について、音楽を始めたきっかけ。幼少期のきちんとした音楽の訓練。
それで、僕は彼にTony Hymasの『Just Calling For You』という曲の話になった。ストイックな彼の音楽に比べると、ロマンチック過ぎる気もしたけど、だからこそ見えないものが見えるようになるかもしれないと思った。


この文章は渋谷のセンター街のマクドナルドで8/16に書かれた。
太平洋戦の終戦記念日の翌日だ。
近くの席には3対3の、ルックスが可愛い女の子とかっこい感じの男の子(彼らはきっとロウティーンだろう)と、小説家ポール・オースターに似た人達がいる。
ポール・オースターであれば、終戦記念日の翌日だってことと、彼ら6人の日本人の男女から何かの関連やメタファーのようなおかしな偶然を見出そうとするかもしれない。
世の中は複雑だし、年を取るごとに、生きることは難しくなっていく気がする。だからこそ、僕は生きることは容易にしたい。
旨い物を食って、良い女と寝て、好きなことをして、それだけで構わない。

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