Fine Romance 84.5/100
2009年8月26日 コミューンと記録メモと書くこと今週の火曜。
女の子と焼き肉を食べる。MEG(歌手)の普及版なクールな服を着た彼女に声をかけた。初対面の子と会話が途切れないのは初めてだった。
彼女よりずっと綺麗な女の子はいたけど、連れの男が女の子に’アート’できないから、僕はMEGクローンの彼女とずっと話をしていた。
牛角でも会話は途切れない。仕事のこと(サボる時間の使い方)・好みの異性のタイプ(彼女は浅野忠信/僕は『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイが好き)・好きな音楽(彼女『サリュ』/僕『ごたまぜで様々』)・ファッション(彼女『FUDGE』『In Red』/僕『GINZA』『NYLON』(本国版))
隣のカップルの女の子のほうが彼女より可愛いけど、雰囲気がぎこちない。頭のなかで隣の彼女と普及版の彼女を天秤にかけて普及版を選んだ。
飲みながら彼女と僕のiPodの『nya-』『awai』と名付けたプレイリストのどちらか、というゲームをしていた。
僕は彼女に問う
「スーパーカー『Cream Soda』は?」
「awai?」
「ぶー。nya-です。」
「えー」
「COLTEMONIKHA『そらとぶひかり』」
「awai」
「正解。じゃー次は、相対性理論『LOVEずっきゅん』」
「んー、微妙!」と笑いながら彼女は言った。「awai?」
「正解はnya-です。」
「『LOVEずっきゅん』けっこう淡くない!?」
「6:4くらいでnya-です。」
そんな感じだ。
「チェルシー舞花はawaiかな。」
「誰それ?」
「前に好きだった女の子が気に入ってたカメラマン兼モデル。ハーフで美大生。」
「ふーん、そういうのが好きなんだ。」
日本女子大学被服学科を卒業した彼女は言った。
僕はどちらかと言えば魅力的な物を好む人が好きなのだ。
「蒼井優は?」
「凄い微妙な線を突いてくるね。」僕は感心した。
「凄いでしょ。」
「うーん。見た目はawaiだけど性格はnya-。53%くらいでawaiかな。」
「松山ケンイチはnya-?」
「あれは完璧nya-だね。」
「小雪は?」
「awai」
「ふむ。」
「私は?」
「nya-」
「君は......、nya-だね。」
「にゃー」
彼女は笑って、僕は訊いた。
「もし俺がiPodに入ってたらどんな音楽かな?」
彼女は考え込んで言った。
「猫の鳴き声だけで作った曲。」
ちょっと素敵かもしれないと僕は思った。
「音楽グループ組むならどんなグループがいいかな?」
彼女は頬に手をやって、口をすぼめて空中の何も無い空間を見つめていた。
「例えば?」と彼女は訊いた。
「plusっていうのは?」
「どんな音楽?」
「イギリスの昔のミニマルテクノのグループと見せかけて、意外とナードヒップホップ。日本語でラップをするアメリカ人のインテリの大学生の18人組。」
「多過ぎじゃない?エグザイルみたいな?」彼女は笑って、こう付け加えた「何ナードヒップホップって?」
「『ナード』はオタクっていう意味。オタクのヒップホップ。」
「ふーん。」
彼女は牛タンを二枚同時に網から揚げて、レモン汁を付けて、口に入れて舌の上に載せた。
「私だったらplusじゃなくてclassかな。」
「『CLASSY』?」
CはClassのC。ふと思った。
「高級婦人服の雑誌の名前としてストレート過ぎると思うんだけど。いつも。」
「階級っていう意味で?上品っていう意味で?」
「両方。曲名でもいいかな。plusの『class』っていう曲はどんなイメージ?」彼女は得意気にピートロを置いた。
「そうだな。」
僕は箸を置いて精神統一をした。
(関係ないけど昨日観た『ブレードランナー』(SF小説『電気羊はアンドロイドの夢を見るか?』の映画版)のハリソン・フォードは器用に箸を使っていたことを思い出した。
心に残ったセリフは「あなたは自分がレプリだと思ったことはある?」というセリフだ。)
「’ジャップのラップ/クラップでスクラップ/属国文化/即刻同化’」
僕は人差し指と親指を開いた両手で彼女に向けて「Yo!!」と言った。
「昨日、代々木公園でヒップホップのイベントがあったんだ。他には?仮想の音楽グループ。」
「オーロラ、っていうのは?」
「素敵だ。どんな音?」
「ふわふわしててきらきらしてる。」
僕は携帯電話の辞書で引いて発音記号に沿って言った。
「Aurora/ɔu720 rɔu769 ːə」
彼女は僕の口の動きを真似るように繰り返した。
「Aurora/ɔu720 rɔu769 ːə」
僕は辞書の説明を読み上げた。
「『北極や南極地方の上空110キロメートル前後に現れる大気の発光現象。
形はコロナ状•居ネど、色は白•ヤ•ホなどで、刻々に変化する。
太陽面の爆発で放出された帯電微粒子が、電離層中の空気の原子•ェ子に衝突して発光する。
極光。』」
「きょっこう!」
僕は発作的に狂ったように「きょっこーーー!!」と叫んで、彼女はちょっと引いた。
それで「ごめんね。」と言った。時々、僕はクレイジーになることを止められないし、こういうノリで笑う友達がなぜか多い。
「auroraはawaiじゃない?」と彼女は言った。
「そうだね。」
「淡い、といえばさ。蟹ちゃんに会いに行ったんだ。」
「蟹ちゃんって元モデルで今ファッションデザイナーで時々歌とか歌っちゃう、あの蟹ちゃん?」
「そう。会いに行ったっていっても別に知り合いってわけじゃないけどね。」
僕は考えた。何が知り合いで、何が友人で、何が恋人だっていうんだ。
「会いに行ったって?」
「『今日は私がお店に立つので皆さん来てくださいね』って彼女のブログに書いてて。」
「うん。」
「それで彼女のファッションブランドはレディースしか作ってないから男一人で行く訳に行かない。で、女の子を連れて行ったんだ。」
「うんうん。」
「彼女はネットで仲良くなった女の子で、わりと気に入ってた。彼女も僕のことを好きだった思う。」
「なんでわざわざ女の子のモデルに会いにいくわけ?気分悪くするんじゃない?」
「それは後で説明する。でも、その時は、自分が何をしようとしてるのかなんて分からなかったんだ。」
「なにそれ?」
「後になって自分がなんでそんな行為をしたのかの理由が分かるときがある。」
「その行為をした理由を後付けするのとは違うの?」
「違う。まぁ、とにかく、最初彼女と会う口実に『蟹ちゃんに会う』っていうのをやめたんだ。」
「それで?」
「代わりに海に二人で行くことになった。これは後で知ったことだけど、蟹ちゃんは海が好き。らしい。」
「で、海に行ったの?」
「うん。海に行ってキスをした。波に光が反射してキラキラしてて、本当に気分が良くて、思わずキスをしたんだ。『なんでキスしたの?』って訊かれて『したかったから』って答えた。帰りに手を繋いで帰った。」
僕の表情と話し振りを見た彼女の顔を見て、その話をそこでやめて、続けた。
「とにかくずっと昔の話だよ。」
「いつ頃?」
「覚えてないよ。」
「ふーん。」
「それで、二度目か三度目のデートで、彼女と渋谷を歩いてたんだ。急にその日も蟹ちゃんがお店に立つ日だって思い出して、彼女を誘った。『パルコに行こうよ』って。」
「二人はパルコに行きました。」
「うん。パルコに行ったんだ。緊張したよ。少し無口になって、ナーバスにすらなった。」
「そんなに蟹ちゃん好きなの?」
こう言おうとして、話がずれそうだと思って、やめた。「生活をドラマチックにしたり、作り物みたいにするのが好きなんだ。個人的な構造物を作るみたいに、物事を起こす。生活を’アート’するんだ。」と。
「そうでもないよ。僕は彼女が歌う音楽が好きなんだ。誰かが作り出した偶像を、偶像だって分かりながら求めてる。いや、もしかしたら、本当は、その誰かのほうだけを好きで、偶像の実体には興味が無いんだ。」
髪の黄色い男を僕は考えた。
「×(算数の記号の×でバツではない。)のカケル君が好きなんだ?それって、君、ゲイってこと?」
「誤解されるかもしれないけど、精神的にのみゲイだよ。俺は。」
「ふーん。」
「男とやったこともないし、やりたいとも思わない。」
少し考えてこう付け加えた。「器は男、中身は女、セックスする相手は女、憧れる相手は男。さて、僕の性別は?」
「そういうのってナンセンスだと思う。」
「I think so. It’s nonsense. 何話してたんだっけ?」
「ゲイクラブでS字結腸まで変な棒を入れられて」
「君酔っぱらってるぜ。それで、緊張したまま、蟹ちゃんに会ったよ。まず、一緒に来てた女の子が先に店内に入って彼女の様子を見てた。穴が空くほどってわけじゃないけど、じっくり見てたよ。」
「穴?」
僕はもう一度無視した。
「それで、連れの女の子が戻って来たけど、僕は外で待ってて、結局、店の中に入ろうとしなかった。連れの女の子は隣の店で、待ってて、僕は隣の店に入った。そうすると、蟹ちゃんが隣の店に入ってきた。なんか紐を切るハサミが無いとかなんとか。その店を出た瞬間を狙って、僕は蟹ちゃんに声をかけたよ。」
「わぉ」
「何の話したんだっけな。何で知ったのって訊かれて、『音楽のほうから』って。そうしたら、彼女が経路を示すように、半円を人差し指で宙に描いて、その仕草が素敵だった。オーロラみたいな女の子だったよ。僕のその時のテンションを差し引いても、そう感じるかは分からないけどね。あとは、何話してたのか忘れたよ。」
「それで、連れの女の子のほうに興奮して戻って、喋りかけたら、彼女、泣きそうだった。」
彼女はマッコリを一口飲んだ。女の子と二人でご飯を食べて、マッコリを飲んでいる女の子は初めてだった。
「それ美味しい?」とマッコリを指差した。
「甘酒とか好き?」
「好きだけど。飲まして。」
美味しくした甘酒みたいな味だった。マッコリ。名前が良い。
「彼女泣いた?怒った?」と彼女は訊いた。
「目に涙をためてた。怒ってはいなかったよ。」
「なんでそんなことしたの?」
「そう、それがこの話を始めた理由だよ。」
「彼女を傷つけた理由を考えてて、やっとこの前気付いたんだ。別に単純に嫉妬させたかったっていうわけじゃない。これはもう一つのエピソードが絡んでくる。その頃より少し前に僕はある女の子に恋をしていた。その女の子は靴屋の女の子で、ほぼ一目惚れみたいにして好きになった。彼女のお店に何度か行った。話を端折るよ。長過ぎる話は好きじゃないだろ。そのお店にはいるもう一人の女の子も僕のことを好きになった。」
「もう一人’も’?」
「そう。別に自慢したいわけじゃない。そういう話なんだ。」
「それで、ある日、その女の子二人だけでお店をまわしてる時に、僕は行った。じゃあ最初の女の子をAとして、後の女の子をBとする。それで、お店に入ると僕はAと目が合ったんだ。でも、Bがいる。ここでAと話をしていたら、Bは傷つくって思った。だから、店をすぐに出て行った。それで、次にお店に行ったときAの僕に対する態度は、冷たくなっていた。」
「ふむ。」
「その後、何度かお店に行ったけど、彼女は僕に対する態度を変えなかった。あの時に、終わってた。」
「うーむ。」
「で、話は戻る。」
「失敗を乗り越えたかったってこと?」
「そう。必要な時に無神経になる練習をする必要があった。そうしないと、自尊心を取り戻せないっていうか。」
「別に君の自尊心なんて、その一緒に蟹ちゃんに会いに行った女の子には関係なくない?」
手元のジントニックの氷を指でかき混ぜながら、僕はどう言えばいいのか考えていた。
「前に、知り合いの知り合いの女の子の話聞いたんだけど、」
女の子と焼き肉を食べる。MEG(歌手)の普及版なクールな服を着た彼女に声をかけた。初対面の子と会話が途切れないのは初めてだった。
彼女よりずっと綺麗な女の子はいたけど、連れの男が女の子に’アート’できないから、僕はMEGクローンの彼女とずっと話をしていた。
牛角でも会話は途切れない。仕事のこと(サボる時間の使い方)・好みの異性のタイプ(彼女は浅野忠信/僕は『プラダを着た悪魔』のアン・ハサウェイが好き)・好きな音楽(彼女『サリュ』/僕『ごたまぜで様々』)・ファッション(彼女『FUDGE』『In Red』/僕『GINZA』『NYLON』(本国版))
隣のカップルの女の子のほうが彼女より可愛いけど、雰囲気がぎこちない。頭のなかで隣の彼女と普及版の彼女を天秤にかけて普及版を選んだ。
飲みながら彼女と僕のiPodの『nya-』『awai』と名付けたプレイリストのどちらか、というゲームをしていた。
僕は彼女に問う
「スーパーカー『Cream Soda』は?」
「awai?」
「ぶー。nya-です。」
「えー」
「COLTEMONIKHA『そらとぶひかり』」
「awai」
「正解。じゃー次は、相対性理論『LOVEずっきゅん』」
「んー、微妙!」と笑いながら彼女は言った。「awai?」
「正解はnya-です。」
「『LOVEずっきゅん』けっこう淡くない!?」
「6:4くらいでnya-です。」
そんな感じだ。
「チェルシー舞花はawaiかな。」
「誰それ?」
「前に好きだった女の子が気に入ってたカメラマン兼モデル。ハーフで美大生。」
「ふーん、そういうのが好きなんだ。」
日本女子大学被服学科を卒業した彼女は言った。
僕はどちらかと言えば魅力的な物を好む人が好きなのだ。
「蒼井優は?」
「凄い微妙な線を突いてくるね。」僕は感心した。
「凄いでしょ。」
「うーん。見た目はawaiだけど性格はnya-。53%くらいでawaiかな。」
「松山ケンイチはnya-?」
「あれは完璧nya-だね。」
「小雪は?」
「awai」
「ふむ。」
「私は?」
「nya-」
「君は......、nya-だね。」
「にゃー」
彼女は笑って、僕は訊いた。
「もし俺がiPodに入ってたらどんな音楽かな?」
彼女は考え込んで言った。
「猫の鳴き声だけで作った曲。」
ちょっと素敵かもしれないと僕は思った。
「音楽グループ組むならどんなグループがいいかな?」
彼女は頬に手をやって、口をすぼめて空中の何も無い空間を見つめていた。
「例えば?」と彼女は訊いた。
「plusっていうのは?」
「どんな音楽?」
「イギリスの昔のミニマルテクノのグループと見せかけて、意外とナードヒップホップ。日本語でラップをするアメリカ人のインテリの大学生の18人組。」
「多過ぎじゃない?エグザイルみたいな?」彼女は笑って、こう付け加えた「何ナードヒップホップって?」
「『ナード』はオタクっていう意味。オタクのヒップホップ。」
「ふーん。」
彼女は牛タンを二枚同時に網から揚げて、レモン汁を付けて、口に入れて舌の上に載せた。
「私だったらplusじゃなくてclassかな。」
「『CLASSY』?」
CはClassのC。ふと思った。
「高級婦人服の雑誌の名前としてストレート過ぎると思うんだけど。いつも。」
「階級っていう意味で?上品っていう意味で?」
「両方。曲名でもいいかな。plusの『class』っていう曲はどんなイメージ?」彼女は得意気にピートロを置いた。
「そうだな。」
僕は箸を置いて精神統一をした。
(関係ないけど昨日観た『ブレードランナー』(SF小説『電気羊はアンドロイドの夢を見るか?』の映画版)のハリソン・フォードは器用に箸を使っていたことを思い出した。
心に残ったセリフは「あなたは自分がレプリだと思ったことはある?」というセリフだ。)
「’ジャップのラップ/クラップでスクラップ/属国文化/即刻同化’」
僕は人差し指と親指を開いた両手で彼女に向けて「Yo!!」と言った。
「昨日、代々木公園でヒップホップのイベントがあったんだ。他には?仮想の音楽グループ。」
「オーロラ、っていうのは?」
「素敵だ。どんな音?」
「ふわふわしててきらきらしてる。」
僕は携帯電話の辞書で引いて発音記号に沿って言った。
「Aurora/ɔu720 rɔu769 ːə」
彼女は僕の口の動きを真似るように繰り返した。
「Aurora/ɔu720 rɔu769 ːə」
僕は辞書の説明を読み上げた。
「『北極や南極地方の上空110キロメートル前後に現れる大気の発光現象。
形はコロナ状•居ネど、色は白•ヤ•ホなどで、刻々に変化する。
太陽面の爆発で放出された帯電微粒子が、電離層中の空気の原子•ェ子に衝突して発光する。
極光。』」
「きょっこう!」
僕は発作的に狂ったように「きょっこーーー!!」と叫んで、彼女はちょっと引いた。
それで「ごめんね。」と言った。時々、僕はクレイジーになることを止められないし、こういうノリで笑う友達がなぜか多い。
「auroraはawaiじゃない?」と彼女は言った。
「そうだね。」
「淡い、といえばさ。蟹ちゃんに会いに行ったんだ。」
「蟹ちゃんって元モデルで今ファッションデザイナーで時々歌とか歌っちゃう、あの蟹ちゃん?」
「そう。会いに行ったっていっても別に知り合いってわけじゃないけどね。」
僕は考えた。何が知り合いで、何が友人で、何が恋人だっていうんだ。
「会いに行ったって?」
「『今日は私がお店に立つので皆さん来てくださいね』って彼女のブログに書いてて。」
「うん。」
「それで彼女のファッションブランドはレディースしか作ってないから男一人で行く訳に行かない。で、女の子を連れて行ったんだ。」
「うんうん。」
「彼女はネットで仲良くなった女の子で、わりと気に入ってた。彼女も僕のことを好きだった思う。」
「なんでわざわざ女の子のモデルに会いにいくわけ?気分悪くするんじゃない?」
「それは後で説明する。でも、その時は、自分が何をしようとしてるのかなんて分からなかったんだ。」
「なにそれ?」
「後になって自分がなんでそんな行為をしたのかの理由が分かるときがある。」
「その行為をした理由を後付けするのとは違うの?」
「違う。まぁ、とにかく、最初彼女と会う口実に『蟹ちゃんに会う』っていうのをやめたんだ。」
「それで?」
「代わりに海に二人で行くことになった。これは後で知ったことだけど、蟹ちゃんは海が好き。らしい。」
「で、海に行ったの?」
「うん。海に行ってキスをした。波に光が反射してキラキラしてて、本当に気分が良くて、思わずキスをしたんだ。『なんでキスしたの?』って訊かれて『したかったから』って答えた。帰りに手を繋いで帰った。」
僕の表情と話し振りを見た彼女の顔を見て、その話をそこでやめて、続けた。
「とにかくずっと昔の話だよ。」
「いつ頃?」
「覚えてないよ。」
「ふーん。」
「それで、二度目か三度目のデートで、彼女と渋谷を歩いてたんだ。急にその日も蟹ちゃんがお店に立つ日だって思い出して、彼女を誘った。『パルコに行こうよ』って。」
「二人はパルコに行きました。」
「うん。パルコに行ったんだ。緊張したよ。少し無口になって、ナーバスにすらなった。」
「そんなに蟹ちゃん好きなの?」
こう言おうとして、話がずれそうだと思って、やめた。「生活をドラマチックにしたり、作り物みたいにするのが好きなんだ。個人的な構造物を作るみたいに、物事を起こす。生活を’アート’するんだ。」と。
「そうでもないよ。僕は彼女が歌う音楽が好きなんだ。誰かが作り出した偶像を、偶像だって分かりながら求めてる。いや、もしかしたら、本当は、その誰かのほうだけを好きで、偶像の実体には興味が無いんだ。」
髪の黄色い男を僕は考えた。
「×(算数の記号の×でバツではない。)のカケル君が好きなんだ?それって、君、ゲイってこと?」
「誤解されるかもしれないけど、精神的にのみゲイだよ。俺は。」
「ふーん。」
「男とやったこともないし、やりたいとも思わない。」
少し考えてこう付け加えた。「器は男、中身は女、セックスする相手は女、憧れる相手は男。さて、僕の性別は?」
「そういうのってナンセンスだと思う。」
「I think so. It’s nonsense. 何話してたんだっけ?」
「ゲイクラブでS字結腸まで変な棒を入れられて」
「君酔っぱらってるぜ。それで、緊張したまま、蟹ちゃんに会ったよ。まず、一緒に来てた女の子が先に店内に入って彼女の様子を見てた。穴が空くほどってわけじゃないけど、じっくり見てたよ。」
「穴?」
僕はもう一度無視した。
「それで、連れの女の子が戻って来たけど、僕は外で待ってて、結局、店の中に入ろうとしなかった。連れの女の子は隣の店で、待ってて、僕は隣の店に入った。そうすると、蟹ちゃんが隣の店に入ってきた。なんか紐を切るハサミが無いとかなんとか。その店を出た瞬間を狙って、僕は蟹ちゃんに声をかけたよ。」
「わぉ」
「何の話したんだっけな。何で知ったのって訊かれて、『音楽のほうから』って。そうしたら、彼女が経路を示すように、半円を人差し指で宙に描いて、その仕草が素敵だった。オーロラみたいな女の子だったよ。僕のその時のテンションを差し引いても、そう感じるかは分からないけどね。あとは、何話してたのか忘れたよ。」
「それで、連れの女の子のほうに興奮して戻って、喋りかけたら、彼女、泣きそうだった。」
彼女はマッコリを一口飲んだ。女の子と二人でご飯を食べて、マッコリを飲んでいる女の子は初めてだった。
「それ美味しい?」とマッコリを指差した。
「甘酒とか好き?」
「好きだけど。飲まして。」
美味しくした甘酒みたいな味だった。マッコリ。名前が良い。
「彼女泣いた?怒った?」と彼女は訊いた。
「目に涙をためてた。怒ってはいなかったよ。」
「なんでそんなことしたの?」
「そう、それがこの話を始めた理由だよ。」
「彼女を傷つけた理由を考えてて、やっとこの前気付いたんだ。別に単純に嫉妬させたかったっていうわけじゃない。これはもう一つのエピソードが絡んでくる。その頃より少し前に僕はある女の子に恋をしていた。その女の子は靴屋の女の子で、ほぼ一目惚れみたいにして好きになった。彼女のお店に何度か行った。話を端折るよ。長過ぎる話は好きじゃないだろ。そのお店にはいるもう一人の女の子も僕のことを好きになった。」
「もう一人’も’?」
「そう。別に自慢したいわけじゃない。そういう話なんだ。」
「それで、ある日、その女の子二人だけでお店をまわしてる時に、僕は行った。じゃあ最初の女の子をAとして、後の女の子をBとする。それで、お店に入ると僕はAと目が合ったんだ。でも、Bがいる。ここでAと話をしていたら、Bは傷つくって思った。だから、店をすぐに出て行った。それで、次にお店に行ったときAの僕に対する態度は、冷たくなっていた。」
「ふむ。」
「その後、何度かお店に行ったけど、彼女は僕に対する態度を変えなかった。あの時に、終わってた。」
「うーむ。」
「で、話は戻る。」
「失敗を乗り越えたかったってこと?」
「そう。必要な時に無神経になる練習をする必要があった。そうしないと、自尊心を取り戻せないっていうか。」
「別に君の自尊心なんて、その一緒に蟹ちゃんに会いに行った女の子には関係なくない?」
手元のジントニックの氷を指でかき混ぜながら、僕はどう言えばいいのか考えていた。
「前に、知り合いの知り合いの女の子の話聞いたんだけど、」
コメント