「うーん。あんまり好きな登場人物はいない。君は?」
僕に訊いた。
「『Fine Romance』で、主人公が飼ってる人間の言葉が分かる犬の『ジーニー』が好きだよ。」
『ジーニー』は犬で、主人公がパソコン上で作り上げて、最終的に改造したネットオークションで落札したアイボ(現実のそれとはかなり違い、性能がかなり高い。)に組み込んだ人口の知能を持つ犬。
自己学習する仕組みを持っていて、途中から、登場人物の誰よりも賢くなり、ネット上で様々な仮想人格を使い、実在しないネット上での人間を作り上げて、巧みに立ち回って大きな影響力を持つ。
現実の人格をシュミレーションするのが得意で、ジーニーが生み出すキャラクタのなかでも『ニシムラさん』が好きだ。日本最大のネット掲示板群の管理者で、ペシミスティックで、社会を観察するのを好む。

そんな感じで酒が進んで、場がだんだんと溶けるように熱を持つように変質していくなかにいるのを感じていると、のどかが唐突に言った。
「二次創作ってあるじゃない。ほら、中国で版権不明の『ノルウェイの森』を呼んだ中国人の人達が、勝手に『ノルウェイの森』の登場人物を作って、本作には無かった話を、その登場人物を使って話を作って流通させちゃうの。それってクールあアイディアよね。だから私たちも作るの。」
全員が多少びっくりしていた反面、興味を持っているようにも見えた。
「だから、まず、きみから。」と僕にいきなり、物語の出だしをまかされた。
「オーケー。わかった。ちょっと待って。」僕は頭を抱えて、少しのあいだ真剣に話の出だしを考えていた。
「『ここは、現実によく似ていて、でも、全く別の現実の世界なんだ。ジーニーは現実世界で疎外された、ある科学者が電脳空間にアップロードした仮想化された人格だ。(ここまでは『Fine Romance』の設定と同じだ)』3chで見つけたあるスレッドのIPアドレスから、住所を探知した先にいたのは、』じゃあ、テンゴくん。」
「『男は餓えていた。金のないせいで母親を病気から救えなかった。父親はろくでもない男で、そのうえ醜い自分を許せなかった。何もかもを憎んでいた。ある日、skypeの画面上に見知らぬアカウントがされて、会話への許可を求めて来た。それは+という記号のハンドルネームで、アイコンがアイボだった。「はじめまして、+といいます。あなたに依頼があってコンタクトをとりました。」「はじめまして。僕はカタギリと言います。どこで僕を見つけたんですか?」「3chで仕手筋の情報をボットを使って複数名のハンドルネームで情報を流していたのはあなたでしょう。」「ちょっと待て。じゃあ、あんた3chのひとか何か?」「いまは言えませんが、まずは、あなたに富をもたらすことのできることについて話をしたいです。」』次はトリイさん。」
「『「あなたには、あるコメディアンに会ってほしいのです。まず、信頼の証として、この金額を送ります。引き受けていただけるなら、このアカウントを通して$10,000を送金します。」「法律にひっかかるなら、お断りだ。それにあんたのことも分からない。」「もちろん合法の範囲の話です。ただ、私には彼女に会う手段がありません。私についてはまだ教えることはできません。少なくとも、あなたの行為が法律に適していたかどうかを調べるのは難しくありません。」「脅しか?」「これはビジネスの話です。あなたはお金が必要で、私にはそれがあり、私には手段が必要で、あなたにはそれがあります。考える時間を30秒間作ります。もし、断るのであれば、私は別の方に頼みます。」』次誰か。」
「じゃあ私。」と言ってアミが言った。
「『実は、そのコメディアンは密かに、その男の子、カタギリくんのことが好きなの。でも、二人はなかなか出会えない。』」「『結ばれぬ仲を見かねたジーニーが、二人を引き合わせることにしたの。』」とアヤ。
アミ「その女芸人には旦那がいるの。でも、プロフィールのうえでは独身っていうことになってるから秘密。」
アヤ「謎多き女。それで、その旦那っていうのが悪いやつなのよ。」
アミ「カタギリくんが成功するのを妨げるの。」
アヤ「上履きの中に画鋲入れたり。」
アミ「給食の集金袋を盗んでカタギリくんが盗んだことにしたり。」
アヤ「でも上っ面は優等生だから美味しいところばっかり持っていくの。」
アミ「もちろん、そんな悪いやつだってそのコメディアンは知らないの。」
アヤ「嫌なやつ。」アミ「ほんと悪いやつなの。」
アヤ「じゃあ次は、ミネタくん。」
酒を飲めない彼はウーロン茶を飲みながら「『実はそいつは悪魔だったんだ。ジーニーが作り出した悪魔なんだ。たとえば、小説の主人公が困難に立ち向かうみたいに、ジーニーは語り部なんだ。実在の人物を人形劇の人形のように使うんだ。困難が大きくて、絶望的なほど、恋は燃え上がり、手に汗握るっていうか。』」
「『そんなわけで、カタギリくんは、場所と時間を指定されてそこに向かう。AM02:32、渋谷区立神南小学校の校庭の真ん中。そこに行けば会えるって聞いたカタギリくんは、真夏の夜、自転車をこぎながら、まばたきをした、その次の瞬間に、自分が記憶を無くして全く別の人間になれることについて考えていた。その朝夢を見て、起きようとしたとき、夢の中の記憶と自分の記憶が混ざってんだけど、夢の記憶が薄れていくのに、現実の記憶が戻ってこない。思い出そうと思えば思い出そうとはせずに空白状態のまま、横たわっていた。そのとき違う頭に他人の記憶を注入されて新しい環境と生活を手に入れることができたらって思った。古い呪縛を捨てたくなった。夜中のスクランブル交差点には人は少ない。約束の時間までは、まだ余裕があったから立ち飲み屋に寄った。ビールを飲みながら、外国人達の喧噪に紛れながら。さっき元彼女に「ご飯食べようよ。」って誘った。夜の11時に。店員の男が高校の時の同級生に似ている。本人かもしれない。僕に構わないことだけど。さっき、スクランブル交差点で声をかけた女の子。一人で11時半に500ミリリットルのビール缶を空けて、信号待ち。彼女と目があって、なんとなく声をかけてもいい気がしたけど、普通に声をかけたらうまくいかないだろうって分かってたから、なんとなく彼女を眺めてると、背負ってるバッグのチャクが開いてから、少し考えてから、彼女に「バッグの後ろが開いてるよ。」と喋りかけて、彼女は「あ、ごめんなさい。」と正面を向いたまま片手でカバンに手をやった。そこで少し手間取っていたのを見ていたのに、僕は手伝わなかった。そこから、会話につなげることだってできたはずだ。
ともかく、いま、僕は宇田川町の立ち飲み屋で、沢山の外国人に囲まれてビールを一人で飲んでいる。僕に声をかけようとするやつはいない。
さっき、喧嘩が起こりかけて、隣で喧嘩をけしかけられたほうは外国人で、もうひとりはネイティブと変わらないレベルの日本語を喋る外国人で、喧嘩が収めるのに乗じて、前者の男(彼氏ではないように見える)に腕を回して仲良くなっていた。
これを書いてる今、店に戻って来て、さっきの男がもう一度喧嘩をふっかけた。「チキン野郎」とかなんとか言って挑発してる。しかも、僕の真後ろで。たった今。』じゃあ君。」
と言って、ミネタ君はビギーに交代した。
「『そのとき、コメディアンは24時間営業のゲームセンターで、『True Religion』で遊んでいた。3時間連続でログインし続けていて、彼女は延々と、道を通り抜ける兵士をサイレンサーで消音状態の狙撃銃で仕留めていた。風の音しか聞こえない市街地で伏せて、覗き込んだスコープのなかで他人事のように人を殺す。憎しみも不安もなく、まるで禅のようだ。』」

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