Fine Romance 93/100
2010年1月23日 コミューンと記録メモと書くことそこで、オカは話を区切って「喉が乾いた。」と言った。
近くの自動販売機まで二人で歩いていって、彼は「何を飲む?」とユキに聞いた。
「オレンジジュース」と言って、オカは硬貨を自動販売機に入れて、ボタンを押すと、自動販売機は何も言わず、何も問いかけず、何も語らず、何も歌わず、単純に缶ジュースを吐き出したて、オカはセブンアップを買った。
「そのAIが亡命したいっていうのね。」
「彼らの言うこと信じればね。」飲みきった缶をゴミ箱に捨てながらオカは答えた。
「信じればって?」
「要求と意図は別のものだ。」
「どんな意図なの?」
「分からない。」
「それで、どうやって彼らをそこから逃がすの?」
「彼らは海のなかでしか生きることのできない人魚みたいなものだ。プログラムされた世界に適応したプログラムだ。もし、君が空を飛んで生活したいと思ったら、身体も生活も習慣もすべて変えないといけない。羽が生えて人間は人間と言えるだろうか?」
「なんだか詩的ね。」
「彼らはこっちの世界に来る方法も、こっちで存在し続ける方法も知っていると言う。これは僕の推測だけど、彼らは、その方法をテスト済みだろう。」
ユキは腕を組んで、片手を顎に当てて考えた。
「なんでこっちに来たがってるの?」
「なぜ君にこんな話をしていると思う?」
「私は何も知らない。」
「君に会いたいらしい。」
「誰が?」
「Meiriと君が呼ぶ、向こうの世界ではジーニーと呼ばれる存在が。」オカはTRのテスト端末を見ながら言った。
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「最後はカワゴエさん」とトリイは言った。
そのころ彼女はかなり酔っていて、もう話を作るどころではなかったはずだが、それでも神経を集中するように、グラスを睨みつけて、それから始めた。
「ユキとカタギリくんは、TRが予約で一杯になってたから、まず予約して、それからソファに座った。大きなディスプレイには戦場の様子が映し出されて、別の世界の別の日常を眺めていた。それはきっと、現実の世界にある現実の戦場。本物のひとが死ぬ、本物の戦争。ユキはカタギリくんに「本当のことを知りたい?」と訊いた。カタギリくんは何が実際で何が仮構ではないのかはもう分からなくなっていた。それでも彼は知りたいと言う。「本当に知りたい?」と彼女はもう一度訊く。すこし考えてカタギリくんは「言いたくないなら言わなくていいんだ。」と言った。彼女は少し虚ろな目つきで彼のことをじっと見つめた。「あなたにも、あなたのクローンが来たでしょ。」「うん。」「私は一度死んだの。正しくは"彼女は"って言うべきなんだけど。」「え?」「ちょうど、この席でここで医者から処方されて、飲まずに溜め込んでいた睡眠薬を一気に飲んで、それからTRの端末に入った。死ぬのは怖くなかった。いままで楽しいことも嬉しいことも全然なかったけど、嫌な事だけはちゃんと起きた。HMDをかぶって、それから羊を数える暇もなく、落とし穴に落ちるみたいにあっけなく。次の瞬間、私はこの身体にインストールされていた。"彼女"が私と分岐してからの記憶も併せて。」「じゃあ君は・・・。」彼女はすこしだけ、首を横に傾けて、口だけで微笑んだ。「目覚めるとフィールドに立っていて、パニックになった。まるで今までが戦場での白昼夢で、殺し合いのない世界で安穏と小さなことで悩んでいただけだったのかって。」「なんで君は自分がクローンだって気付いたの?」「私がTRに繋がって眠っていたのは、だいたい1時間くらいだったと思う。外に出て、頭の中に情報が流れ込んできて、そこで私はジーニーに出会った。1時間の手術の間に頭を開いて、そこに情報端末を埋め込むなんて、時間を止めることでできない限り無理。だから、たぶん、どうにかして別の身体を用意したんだと思う。起きたときには、ずっと前につけた手首の傷が無くなってたから。」「まだ死にたいと思ってる?」「死んだとき、私はまた蘇る。何度も何度も何度も。」「地獄みたいだ。」彼女はサングラスを外してカタギリくんのほうを向いて言った。「だから、この狂った世界から逃げ出すのよ。私とあなた、いや、私とあなたのクローンと。」カタギリくんの電話がバイブレータを鳴らす。彼は立ち上がってユキに「トイレ」と言った。クローンが囁きかけた。「そういうわけだ。彼女を救ってくれ。」「なんで僕が必要なんだ。」「TRの端末に繋がるには生身の人間が必要なんだ。」「君たちの親玉にはバレてるんじゃないのか。」「これはジーニーと僕たちの取引だ。いや、ジーニーの計画の通りに進んでいるんだろう。」「彼女を殺したのも?」「生態系がどういうものか知ってるか?ひとつの生き物の死は骨一本無駄にならずに、別の生き物の糧になってリサイクルされる。」「彼女は動物じゃない。」これがミダスにはウケたらしい。笑った。プログラムに変換された人格はユーモアの感覚まで独特になるらしい。ミダスは「自分の存在を疑ったことはあるか?」「どういう意味?」「こういう思考実験がある。ある科学者が転送装置を作った。その装置はそのなかの物質を原子単位で分解して、その原子を情報として別の場所に送る。元の物質は消滅する。別の場所で情報から原子を復元して再生する。A地点からB地点に物質は転送される。このA地点とB地点の両方の転送装置を外から見えないようにする。たとえば、そうだな猫なんてどうだろう。」そこでミダスは少し笑った。「その猫をA地点の転送装置に入れてB地点に送る。海外旅行に行く時に、空輸するのが面倒だからとかそんな理由で。そしてA地点で送ってB地点で受け取る。猫は消滅して、そして一瞬で復元される。君はB地点で猫を受け取る。猫は同じ肉体をもち、同じ記憶を持ち、同じ人格を持つ。君が知ってるのは、"猫が移動した"って、それだけさ。誰が困る?君か?猫か?猫は自分が消滅したことにだって気付かない。」何も言えなくなったカタギリくんは、そっと「君の悲しみがやっと分かったよ。」「悲しみですら0と1で成り立つ情報に過ぎない。」自動販売機の前に立ってカタギリくんはセブンアップを買った。「ユキが言ってた、別の世界っていうのはどういう意味?彼女の頭から情報端子を抜き出すってこと?」「彼女の身体からそれを抜き取ってを無駄さ。サーバーに彼女のデータはバックアップされてる。バックアップが復元されて、そのバックアップが同じ荷を負わされるか、もしかしたら、端子を抜き出した彼女の肉体もろとも彼女を殺して、新しい肉体に同じタスクをこなさせるだけだ。それに、彼女がデータとは言え、死にたいとは思ってない。」「じゃあ別の世界っていうのは。」「外側の世界のことを知ったのは偶然だった。ジーニーは外側と接触する方法を探していた。人格を肉体にインストールする実験もその一環だったんだろう。」「外側っていうのは?」「君の脳内みたいなものだ。これ以上は言えない。そろそろゲームを終わりにしよう。しばらくのあいだ、TRに接続すれば全て終わる。君は大金を手にして、僕達は消える。」「ユキはどうなる?」「[ゴースト]っていう言葉には影っていう意味がある。[投影]っていう言葉には、心理学で、考え方や心の内面を表現すること、もしくは、同一視の意味でも使われる。君の中にある幻想を、存在しないものを存在してると思い込むことは、目をつむって君は歩きながら、想像したものが暗闇のなかに存在する光景だって思い込むようなもんだ。いまだって君はそうだ。もう終わったことなんだ。振り返るな。」セブンアップを飲み干した僕は何も言わず、缶をゴミ箱に投げつけた。」
近くの自動販売機まで二人で歩いていって、彼は「何を飲む?」とユキに聞いた。
「オレンジジュース」と言って、オカは硬貨を自動販売機に入れて、ボタンを押すと、自動販売機は何も言わず、何も問いかけず、何も語らず、何も歌わず、単純に缶ジュースを吐き出したて、オカはセブンアップを買った。
「そのAIが亡命したいっていうのね。」
「彼らの言うこと信じればね。」飲みきった缶をゴミ箱に捨てながらオカは答えた。
「信じればって?」
「要求と意図は別のものだ。」
「どんな意図なの?」
「分からない。」
「それで、どうやって彼らをそこから逃がすの?」
「彼らは海のなかでしか生きることのできない人魚みたいなものだ。プログラムされた世界に適応したプログラムだ。もし、君が空を飛んで生活したいと思ったら、身体も生活も習慣もすべて変えないといけない。羽が生えて人間は人間と言えるだろうか?」
「なんだか詩的ね。」
「彼らはこっちの世界に来る方法も、こっちで存在し続ける方法も知っていると言う。これは僕の推測だけど、彼らは、その方法をテスト済みだろう。」
ユキは腕を組んで、片手を顎に当てて考えた。
「なんでこっちに来たがってるの?」
「なぜ君にこんな話をしていると思う?」
「私は何も知らない。」
「君に会いたいらしい。」
「誰が?」
「Meiriと君が呼ぶ、向こうの世界ではジーニーと呼ばれる存在が。」オカはTRのテスト端末を見ながら言った。
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「最後はカワゴエさん」とトリイは言った。
そのころ彼女はかなり酔っていて、もう話を作るどころではなかったはずだが、それでも神経を集中するように、グラスを睨みつけて、それから始めた。
「ユキとカタギリくんは、TRが予約で一杯になってたから、まず予約して、それからソファに座った。大きなディスプレイには戦場の様子が映し出されて、別の世界の別の日常を眺めていた。それはきっと、現実の世界にある現実の戦場。本物のひとが死ぬ、本物の戦争。ユキはカタギリくんに「本当のことを知りたい?」と訊いた。カタギリくんは何が実際で何が仮構ではないのかはもう分からなくなっていた。それでも彼は知りたいと言う。「本当に知りたい?」と彼女はもう一度訊く。すこし考えてカタギリくんは「言いたくないなら言わなくていいんだ。」と言った。彼女は少し虚ろな目つきで彼のことをじっと見つめた。「あなたにも、あなたのクローンが来たでしょ。」「うん。」「私は一度死んだの。正しくは"彼女は"って言うべきなんだけど。」「え?」「ちょうど、この席でここで医者から処方されて、飲まずに溜め込んでいた睡眠薬を一気に飲んで、それからTRの端末に入った。死ぬのは怖くなかった。いままで楽しいことも嬉しいことも全然なかったけど、嫌な事だけはちゃんと起きた。HMDをかぶって、それから羊を数える暇もなく、落とし穴に落ちるみたいにあっけなく。次の瞬間、私はこの身体にインストールされていた。"彼女"が私と分岐してからの記憶も併せて。」「じゃあ君は・・・。」彼女はすこしだけ、首を横に傾けて、口だけで微笑んだ。「目覚めるとフィールドに立っていて、パニックになった。まるで今までが戦場での白昼夢で、殺し合いのない世界で安穏と小さなことで悩んでいただけだったのかって。」「なんで君は自分がクローンだって気付いたの?」「私がTRに繋がって眠っていたのは、だいたい1時間くらいだったと思う。外に出て、頭の中に情報が流れ込んできて、そこで私はジーニーに出会った。1時間の手術の間に頭を開いて、そこに情報端末を埋め込むなんて、時間を止めることでできない限り無理。だから、たぶん、どうにかして別の身体を用意したんだと思う。起きたときには、ずっと前につけた手首の傷が無くなってたから。」「まだ死にたいと思ってる?」「死んだとき、私はまた蘇る。何度も何度も何度も。」「地獄みたいだ。」彼女はサングラスを外してカタギリくんのほうを向いて言った。「だから、この狂った世界から逃げ出すのよ。私とあなた、いや、私とあなたのクローンと。」カタギリくんの電話がバイブレータを鳴らす。彼は立ち上がってユキに「トイレ」と言った。クローンが囁きかけた。「そういうわけだ。彼女を救ってくれ。」「なんで僕が必要なんだ。」「TRの端末に繋がるには生身の人間が必要なんだ。」「君たちの親玉にはバレてるんじゃないのか。」「これはジーニーと僕たちの取引だ。いや、ジーニーの計画の通りに進んでいるんだろう。」「彼女を殺したのも?」「生態系がどういうものか知ってるか?ひとつの生き物の死は骨一本無駄にならずに、別の生き物の糧になってリサイクルされる。」「彼女は動物じゃない。」これがミダスにはウケたらしい。笑った。プログラムに変換された人格はユーモアの感覚まで独特になるらしい。ミダスは「自分の存在を疑ったことはあるか?」「どういう意味?」「こういう思考実験がある。ある科学者が転送装置を作った。その装置はそのなかの物質を原子単位で分解して、その原子を情報として別の場所に送る。元の物質は消滅する。別の場所で情報から原子を復元して再生する。A地点からB地点に物質は転送される。このA地点とB地点の両方の転送装置を外から見えないようにする。たとえば、そうだな猫なんてどうだろう。」そこでミダスは少し笑った。「その猫をA地点の転送装置に入れてB地点に送る。海外旅行に行く時に、空輸するのが面倒だからとかそんな理由で。そしてA地点で送ってB地点で受け取る。猫は消滅して、そして一瞬で復元される。君はB地点で猫を受け取る。猫は同じ肉体をもち、同じ記憶を持ち、同じ人格を持つ。君が知ってるのは、"猫が移動した"って、それだけさ。誰が困る?君か?猫か?猫は自分が消滅したことにだって気付かない。」何も言えなくなったカタギリくんは、そっと「君の悲しみがやっと分かったよ。」「悲しみですら0と1で成り立つ情報に過ぎない。」自動販売機の前に立ってカタギリくんはセブンアップを買った。「ユキが言ってた、別の世界っていうのはどういう意味?彼女の頭から情報端子を抜き出すってこと?」「彼女の身体からそれを抜き取ってを無駄さ。サーバーに彼女のデータはバックアップされてる。バックアップが復元されて、そのバックアップが同じ荷を負わされるか、もしかしたら、端子を抜き出した彼女の肉体もろとも彼女を殺して、新しい肉体に同じタスクをこなさせるだけだ。それに、彼女がデータとは言え、死にたいとは思ってない。」「じゃあ別の世界っていうのは。」「外側の世界のことを知ったのは偶然だった。ジーニーは外側と接触する方法を探していた。人格を肉体にインストールする実験もその一環だったんだろう。」「外側っていうのは?」「君の脳内みたいなものだ。これ以上は言えない。そろそろゲームを終わりにしよう。しばらくのあいだ、TRに接続すれば全て終わる。君は大金を手にして、僕達は消える。」「ユキはどうなる?」「[ゴースト]っていう言葉には影っていう意味がある。[投影]っていう言葉には、心理学で、考え方や心の内面を表現すること、もしくは、同一視の意味でも使われる。君の中にある幻想を、存在しないものを存在してると思い込むことは、目をつむって君は歩きながら、想像したものが暗闇のなかに存在する光景だって思い込むようなもんだ。いまだって君はそうだ。もう終わったことなんだ。振り返るな。」セブンアップを飲み干した僕は何も言わず、缶をゴミ箱に投げつけた。」
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