True Religion 14
2010年2月15日 コミューンと記録メモと書くこと本当の世界には現実だけがあって、その場所では、何かを主張することは、同じものの別の見方でしかない、という話を僕とユキはしていた。
行ったことの無い場所に行きたいと、彼女は僕に言ったので、僕はウェブの乗り換え案内の予測変換への指の適当な動作にまかせて、最初に表示された、行きやすい場所を選んだ。
葛西。
「たとえば、なぜ音楽を聴くと心地いいのか、とか。」とユキは言った。基本的なことに限ってひとは何も知らなかったりするという話をしていた。「それとか、差別感情はなぜ起こるのか。っていうのも科学的にはまだちゃんと解明されたわけじゃないの。」彼女は続ける。「言葉って何のためにあるんだろう。」と彼女は僕に訊いた。訊いたというより、自問自答に近かった。「伝えるためじゃないかな。」と僕は言った。「なんで伝えることが必要なの?」「伝わることで得るものがあるからじゃないかな。」「何を得るの?」「向こうから狼の群れが来るぞ。とか、うまい林檎が木に成ってるぞ。とかさ。情報を。」「情報を得るのが大事なの?」「ひとりよりふたりのほうが上手くいくこともある。」「ひとりで上手くいくこともある?」「どうだろう。」
団地の合間にあるベンチで僕たちは二人座っていた。この蜂の巣みたいなバカでかい住処のそれぞれでは、画一化されていない人々の欲望や感情や記憶が、お互いが結ばれないまま壁一枚を隔てて隣り合っている。
「情報が全部共有されたら私たちはもっと良くなるのかな。」「知りたいっていつも思ってるんだろ?」「何もかも知ってたら、どうなるんだろう。」と言って彼女は付け足す。「もしも全てを知っていたら。」と、もしもゲームを始める。「病的なお喋りになって一日中喋りまくる。言葉は決壊したダムみたいに流れ続けて、それをとめることは誰にもできない。ユキは?」「病的なほど文章を書く。」僕は笑った、それから訊いた。「もしも病的なほど文章を沢山書くことになったら?」追いかけると逃げていく猫を追いかけるのをやめて、こっちを振り返って、ハシバミ色の目つきとその豊かな口元で、わずかに首を斜めに傾けて僕に「病的な小説を書く。」と言った。それから、夢うつつな表情でまた猫を追いかけまわしはじめながら「それで、何かを伝えることができなかった羊は狼が来たときどうしたのかな。」と言った。「狼に作り話をするんだ。」「おとぎ話?」「んー、そうとも言えるかもしれない。けれど、それは狡猾な狼のための物語なんだ。」「狼のための話?」「うん。一匹狼なんだ」
行ったことの無い場所に行きたいと、彼女は僕に言ったので、僕はウェブの乗り換え案内の予測変換への指の適当な動作にまかせて、最初に表示された、行きやすい場所を選んだ。
葛西。
「たとえば、なぜ音楽を聴くと心地いいのか、とか。」とユキは言った。基本的なことに限ってひとは何も知らなかったりするという話をしていた。「それとか、差別感情はなぜ起こるのか。っていうのも科学的にはまだちゃんと解明されたわけじゃないの。」彼女は続ける。「言葉って何のためにあるんだろう。」と彼女は僕に訊いた。訊いたというより、自問自答に近かった。「伝えるためじゃないかな。」と僕は言った。「なんで伝えることが必要なの?」「伝わることで得るものがあるからじゃないかな。」「何を得るの?」「向こうから狼の群れが来るぞ。とか、うまい林檎が木に成ってるぞ。とかさ。情報を。」「情報を得るのが大事なの?」「ひとりよりふたりのほうが上手くいくこともある。」「ひとりで上手くいくこともある?」「どうだろう。」
団地の合間にあるベンチで僕たちは二人座っていた。この蜂の巣みたいなバカでかい住処のそれぞれでは、画一化されていない人々の欲望や感情や記憶が、お互いが結ばれないまま壁一枚を隔てて隣り合っている。
「情報が全部共有されたら私たちはもっと良くなるのかな。」「知りたいっていつも思ってるんだろ?」「何もかも知ってたら、どうなるんだろう。」と言って彼女は付け足す。「もしも全てを知っていたら。」と、もしもゲームを始める。「病的なお喋りになって一日中喋りまくる。言葉は決壊したダムみたいに流れ続けて、それをとめることは誰にもできない。ユキは?」「病的なほど文章を書く。」僕は笑った、それから訊いた。「もしも病的なほど文章を沢山書くことになったら?」追いかけると逃げていく猫を追いかけるのをやめて、こっちを振り返って、ハシバミ色の目つきとその豊かな口元で、わずかに首を斜めに傾けて僕に「病的な小説を書く。」と言った。それから、夢うつつな表情でまた猫を追いかけまわしはじめながら「それで、何かを伝えることができなかった羊は狼が来たときどうしたのかな。」と言った。「狼に作り話をするんだ。」「おとぎ話?」「んー、そうとも言えるかもしれない。けれど、それは狡猾な狼のための物語なんだ。」「狼のための話?」「うん。一匹狼なんだ」
コメント