True Religion 30
2010年4月11日 コミューンと記録メモと書くこと『Modern Bohemian』
彼女は人間になりたかった。彼女の故郷の星では何もかもが理性的に行われて、感情とは動物的であり排除すべきもので、理性と計画がその世界を作り上げていた。合理性が何にもまして尊ばれていた。そしてそれが彼女の星の発展を止めていた。彼女は未発展の星に派遣されたエイリアンのひとりだった。最初、彼女は地球を身体の芯から嫌悪していた。争い続ける人間、無秩序な発展、近視眼的な公共政策、嫉妬や怒りや差別といった何も生み出さない感情に動かされ、それらを代表していたのは恋愛だった。彼女の星では恋愛という不合理で直情的で、暴力欲求に並んで性欲と恋愛感情は危険視されていて、暴力と性への欲求はプログラム上で抑制されていた。暴力性が生み出す発展への欲求は、社会的義務に置き換えられ、性や恋愛はなくなり、工場では社会に最適なデータライブラリを配合されたエイリアン達がそこで管理され、製造されていた。とはいっても、彼らの姿形は足は腕というものはなくて、彼らそのものといえるものは四角い1センチメートルに満たない小さな黒いチップだった。彼らの肉体は用途に応じて作られて、その用途に応じた肉体をチップがチップ対肉体の1対1の遠隔操作で制御するという仕組みだった。地球への伝送速度が地球人の肉体を操作するにはデータをやりとりするには距離がありすぎて、彼女は地球人の肉体に直接内蔵されていた。
初めて彼女が彼に出会ったとき、それは恋と呼べるようなものではなかった。彼女が担当となり調査している地球人のうちのひとりでしかなかった。彼女に与えられた役目は、男性の人類の頭に脳波を無線でレポートする機器を差し込むことだった。機器は小さく、後頭部に刺されたときに少しチクッとするだけで、指されると、皮膚に同化して外見上も見つからず、地球の医療機器でも検出されないウェットウェアだったが、問題はそれをどうやって差し込むかだった。
彼女が本部から受け取った指令はシンプルだった。その未開の星の下等生物と寝ること。
クールなスパイというより、それ以上視覚的に高めようのない、そして感情と表情のない、美しい、美しい女。彼女は地球の何百本もの映画から抽出された所作と会話セットのプログラムとインストールして、統計的に日本人男性にいちばん受け入れられやすいとコンピュータが判断した服装と、対象となった男の目線を解析して得た好み女性のファッションの中間をデータとして取り出した。肉体はあらかじめ作られていたもので変えようがなかったが、それは汎用性のためにどの人種にも受け入れられやすい一つのタイプが作られていた。彼女と全く同じ顔と肉体を持った女が地球には何人かいて、彼女と同じような任務にあたっていた。彼女の星には美しいという概念はなかった。色彩というものもなかったし、心地よく感じられる形状も、匂いも、温度もなかった。街を歩きながら何人もの男が、場違いにすら感じられるほどのその女を見た。
監視役のエイリアンから、男がよく行く寿司屋で寿司と日本酒を3杯飲んで、次にバーに行くところだと彼女に報告した。報告では、男はいつもそのバーでアルコールを5杯飲んでタクシーで帰るのが通例だった。計算では、最適なタイミングは男がそのバーで1杯飲んだあと、口説く女がいないか周りを見回すときだった。先に店に入っていたエイリアンから、対象が酒を飲み終えたと報告があったとき、女は店の前で無言、無表情で、ひとりの男をやりすごしていた。
男はこう声をかけた。
「誰か待ってるの?」
「……。」
「ねぇ、君。」
「……。」
「……。」
彼女の店の前で口説いていた男はそれでも諦めきれず、携帯電話の番号がかかれた紙(ほかに書く紙がなかったんだろう。よりによって5千円札だった。)を彼女は渡された。彼女は店に入った。
店のドアを開いた瞬間から、彼女は所作ライブラリのデータをロードして、往年の女優の良い部分を余す所なく取り入れた女性らしく、甘すぎず、清潔なのに色気のある歩き方で、彼の後ろを通り過ぎて、二つ席を開けてスツールに腰掛けた。男はいっぺんに酔いから醒めた。
彼女は人間になりたかった。彼女の故郷の星では何もかもが理性的に行われて、感情とは動物的であり排除すべきもので、理性と計画がその世界を作り上げていた。合理性が何にもまして尊ばれていた。そしてそれが彼女の星の発展を止めていた。彼女は未発展の星に派遣されたエイリアンのひとりだった。最初、彼女は地球を身体の芯から嫌悪していた。争い続ける人間、無秩序な発展、近視眼的な公共政策、嫉妬や怒りや差別といった何も生み出さない感情に動かされ、それらを代表していたのは恋愛だった。彼女の星では恋愛という不合理で直情的で、暴力欲求に並んで性欲と恋愛感情は危険視されていて、暴力と性への欲求はプログラム上で抑制されていた。暴力性が生み出す発展への欲求は、社会的義務に置き換えられ、性や恋愛はなくなり、工場では社会に最適なデータライブラリを配合されたエイリアン達がそこで管理され、製造されていた。とはいっても、彼らの姿形は足は腕というものはなくて、彼らそのものといえるものは四角い1センチメートルに満たない小さな黒いチップだった。彼らの肉体は用途に応じて作られて、その用途に応じた肉体をチップがチップ対肉体の1対1の遠隔操作で制御するという仕組みだった。地球への伝送速度が地球人の肉体を操作するにはデータをやりとりするには距離がありすぎて、彼女は地球人の肉体に直接内蔵されていた。
初めて彼女が彼に出会ったとき、それは恋と呼べるようなものではなかった。彼女が担当となり調査している地球人のうちのひとりでしかなかった。彼女に与えられた役目は、男性の人類の頭に脳波を無線でレポートする機器を差し込むことだった。機器は小さく、後頭部に刺されたときに少しチクッとするだけで、指されると、皮膚に同化して外見上も見つからず、地球の医療機器でも検出されないウェットウェアだったが、問題はそれをどうやって差し込むかだった。
彼女が本部から受け取った指令はシンプルだった。その未開の星の下等生物と寝ること。
クールなスパイというより、それ以上視覚的に高めようのない、そして感情と表情のない、美しい、美しい女。彼女は地球の何百本もの映画から抽出された所作と会話セットのプログラムとインストールして、統計的に日本人男性にいちばん受け入れられやすいとコンピュータが判断した服装と、対象となった男の目線を解析して得た好み女性のファッションの中間をデータとして取り出した。肉体はあらかじめ作られていたもので変えようがなかったが、それは汎用性のためにどの人種にも受け入れられやすい一つのタイプが作られていた。彼女と全く同じ顔と肉体を持った女が地球には何人かいて、彼女と同じような任務にあたっていた。彼女の星には美しいという概念はなかった。色彩というものもなかったし、心地よく感じられる形状も、匂いも、温度もなかった。街を歩きながら何人もの男が、場違いにすら感じられるほどのその女を見た。
監視役のエイリアンから、男がよく行く寿司屋で寿司と日本酒を3杯飲んで、次にバーに行くところだと彼女に報告した。報告では、男はいつもそのバーでアルコールを5杯飲んでタクシーで帰るのが通例だった。計算では、最適なタイミングは男がそのバーで1杯飲んだあと、口説く女がいないか周りを見回すときだった。先に店に入っていたエイリアンから、対象が酒を飲み終えたと報告があったとき、女は店の前で無言、無表情で、ひとりの男をやりすごしていた。
男はこう声をかけた。
「誰か待ってるの?」
「……。」
「ねぇ、君。」
「……。」
「……。」
彼女の店の前で口説いていた男はそれでも諦めきれず、携帯電話の番号がかかれた紙(ほかに書く紙がなかったんだろう。よりによって5千円札だった。)を彼女は渡された。彼女は店に入った。
店のドアを開いた瞬間から、彼女は所作ライブラリのデータをロードして、往年の女優の良い部分を余す所なく取り入れた女性らしく、甘すぎず、清潔なのに色気のある歩き方で、彼の後ろを通り過ぎて、二つ席を開けてスツールに腰掛けた。男はいっぺんに酔いから醒めた。
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