『雪崩より速く強烈な』

おととい、夜、バーでひとりで酒を飲んでいた。周りは2人組が殆どで馬鹿面でイヤフォンを耳に差し込んで中空を眺めていたのは俺だけだった。
別に1人でいるのが特別好きなわけじゃない。ただその日は何も喋りたくなかったし、誰にも何も気を使いたくなった。社交が感情労働のように感じられるのには耐えられそうになかった。もし差し向かいの男がずっと音楽に耳を傾けていて、時々それをやめたら、どう返せばいいのか分からないような独り言に近い何かを言っても構わないっていう友人がいたなら俺は1人ではそこにいなかった。例えば「誰か映画監督がその映画で、確かアニーホールだったか。ウディーアレンが『人生の孤独をセックスで埋めるのはあまりにも虚しい』って言ってた。そんな大それた話じゃなくて、ストレスを解消する方法がやるしかないって男の話。そういう小説を書いてて途中で馬鹿らしくなってる」ってことを喋るとして。

それに替わる興奮が欲しい。それがあればもう夜中に恐怖に近い孤独感を病的に感じることもない。
テレビディスプレイはさっきまで外国のサッカーの試合がやっていた。結果は引き分けだった。それが終わるとラグビーの番組宣伝の同じ映像が10回くらい繰り返された。ラグビーの日本代表のキャプテンの名前は明らかに外国人だったし見た目も日本人離れしていた。俺はピカソがペニスの素描(後年インポテンツになった彼は多くのペニスの素描をクロッキーに残した。冗談ではない。本当の話だ)と、なぜ彼はキュビズムを導入したペニス(つまり抑圧を昇華したフロイト的ペニス)を描かなかったのか考えたが答えは出なかった。

ディスプレイに映った映像は変わり、スキーヤーが雪山の頂上から40度くらいの崖を雪崩より速い速度で滑走する映像。
X gamesというエクストリームスポーツのイベントの一部で、Red bullの大きなロゴを付けたヘリが彼らを頂上に降ろすと、ヘリから彼らを撮る。黒い山肌がいくつも露出した白い山。晴れた空の中でスキーヤー達を遠くから見るとその巨大さに比べれば机に載った砂粒みたいだった。
滑るというより落ちていくように見える。彼らは滑り切れた場合もあったし、転倒して転げ落ちて怪我をしてそれを治すのに半年かかることもあった。恐らく、卓越した彼らであっても死ぬ確率は低くはないだろう。
インタビューで彼らは幸せそうだった。よく知りもしない女とベッドを転がることよりも強烈な興奮を彼らは知っているようだった。

それから自分の頭の中にセックスより強烈で完璧な興奮についてのリストを作って席を立った。

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