小説『Polar night』

2015年10月26日 日常
---『Polar night』---

ゲイの俺にとって女性とセックスするっていうのは、彼女とのあの体験が初めてだったし、彼女もゲイの男とセックスするのは初めてだったらしい。あの時彼女には両腕があって、ギャルの格好をしてて、俺はデリヘルの運転手だった。あれはいつのことだったっけ。
彼女にとって、俺なら彼女を問題なく慰めるのに向いていたんだと思う。前もそうだったし、今回もそうだ。

「彼氏と別れちゃって」彼女は"言った"。
「他にもいるんでしょ?」俺は聞いた。
「いる」
俺は笑った。
「でも会えない?」
「今はなし崩しに誰かを好きになったりしたくないの」
「そのための俺」
彼女は困ったような顔をした。嫌みを言うくらいなら俺だって会わなければいい。でもなぜかそうはしなかったし、今こうやって二人でここにいる。
もしかして彼女を好きなんじゃないかと自分を問い正してから、性的に全く興奮しない恋愛なんて存在するんだろうかと自分に答えた。

あの時も彼女が恋を失った直後で、今回もそうだ。彼女にとっては感情をフラットにする解毒剤みたいなものかもしれない。
小さな車のハンドルを切って奥多摩のコテージの隣の駐車場に車を止めた。

「耳が聞こえない、っていう嘘までついてた」
全くの驚きだ。彼女がどれくらい沢山の男に好かれているかを思い出して、そんな価値のある相手だったんだろうかと思った。
「なんで」
「彼を引き止めるため」
「嘘だろ?」
「本当に。バカみたいでしょ?」
「そんなことするほどの相手だったの?」
「私がやりたいことをやってそれに付いてこれるような人間ってそんないなくて」
そうだね、と思って、「そうだね」と答えた。
車が燃える様子が見てみたいって言った彼女が俺の車を燃やそうとしたこともあったし、男同士でやるのを見てみたいと言ってどこからかゲイの男を連れてきたこともあった。

部屋の扉を開けて手荷物を置いた。
ビニール袋の中身はワインと水とコンドーム。ミニマリズムだ。
彼女は俺を好きにならないし、俺が彼女を抱くのは言うまでもなかった。感情のやり取りも金銭のやり取りも発生しない、性欲すらディティールに過ぎないセックスっていうのが世の中には存在する。

「でも、そんな魅力的だったの?」俺は聞いてみた。
「あれが信じられいくらい良くて」
「あれ?」
「セックス」
俺は声を出して笑った。
「そういうのって男同士でもある?」
「そういうのを重視する人たちもいるんじゃないかな」
「それに彼、若くて。高校も行かないで私にくっついていつも一緒にいて」
「浮気もできないね」
「それを自由にさせてくれるっていうのもまた良くて」
「ひどい話だ」ワインのボトルをグラスに開けながら言った。「なんで別れたの?」
「さすがに私にもモラルの限度があるというか」
俺はまた声を出して笑った。
「私のために彼が自分の人生の可能性を食い潰すのを間近に見るのは辛かったっていうか」
「単純に飽きたんでしょ」
俺が言うと、ユキは意地の悪そうな笑みを浮かべて肩をすくめた。

夜中の3時過ぎだったと思う。ふと目を覚ますと、隣で彼女は震えながら泣いていた。
こういう泣き方をするのは誰だっけって思い出そうとして、母親もそうやって一人で泣いていたことを思い出した。
自分がもしゲイじゃなかったらって思った直後、もしそうじゃなかったら彼女が彼女であろうとするために、自分も彼女の元恋人たちのように深く傷付けられる想像がついた。
かける言葉が見つからなくて俺は彼女を後ろからずっと抱きしめていた。

「ごめんね」泣き止んでしばらくすると、か細い声で彼女は言った。
「大丈夫だよ」俺は答えたあと、彼女の孤独と自分の孤独を擦り合わせた。


---『Polar night』終わり---

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