引用

2010年1月11日 日常
「なんで、物語性を排除すると物語がさらに見えてくるのかなー。隠されてるから、探ろうとする感覚がいつもより強くなるんだろうなー。音楽みたいだなー。」

そういうもんなのか?

Dog House Music

2010年1月9日 音楽
itunes storeで下の2曲買ったんだけど、ライブ音源のほうがやっぱりいいな。

cut my wings
http://www.youtube.com/watch?v=F9MOalhXaiI

dog house boogie
http://www.youtube.com/watch?v=pUzmZvwMNsw


2年前のフジロックの苗場食堂で観て、みんな座してまったりする、みたいな場所で客が踊り狂いまくってるっていう、異常な感じになったんだけど、凄かった。


最近itunes storeで買った曲一覧
http://gyazo.com/0647e130fc4cf3e9a0a988c9830962dd.png
めちゃくちゃだ。
名盤と言われてるマイブラッディーヴァレンタインを聴いてて、微妙だなぁ。って思ってたんだけど、このバンドを生み出すための伏線だったって考えたら、偉業だと思った。そのくらいAstrobriteのこのアルバム良い。

http://www.myspace.com/astrobrite

『爽やか』と『轟音』に弱い僕としてはたまらない。
ブックオフで購入。105円。
唯一欲しかったのが『アントリウム』。
欲しい。
超面白いけど、ひとつだけ気になったことをあえて挙げるなら(他の人達はひたすら好評していたから)、ボタンは押しちゃうだろ。

B Mでyoutubeで関連付けられてる。はははは。

化物語

2010年1月7日 映画
暇だからオタク趣味でも育てようと、化物語をyoutubeで適当に検索で掘りまくって見つけて観てた。
http://www.youtube.com/watch?v=7ZMhaGVnTPE
つか、どっちかっていうと西尾維新に興味があって、あえてっていうか、本読むほどでもないし、がっかりしちゃうだろうなっていうか、ダルいからとりあえずよーつべよーつべ、って観てて、最近のアニメの芸の細かさすげーって思った。そんなにエンターテインメント!!ってわけじゃなく、時間あるときにそれを潰すために観るもんだよなアニメって、再確認した感じ?みたいな?感じ?

つか、委員長にヤオイって何?って訊かれて、やまなし・おちなし・意味深長、って主人公が答えてて、うへぇ、ってどっきりした。内心では悩んでいたことを、的確に突かれてほら死んだ(ex.吉岡清十郎)的で、話のオチもヤマも、現実には実際には無いから、小説に持ち込むつもりなかったんだけど、試してみようか。

で、西尾維新の化物語のインタビュー
http://blog.livedoor.jp/geek/archives/50852180.html
言葉遊びで話を作るっていうのが興味深い。名前重要って言ってたのがあれだな。文字系の作家だと感じた。書き始めたら止まらないっていうは羨ましいなぁ。飽きてきちゃう自分と比べると。

あと、HALCALIっぺぇこの曲好きです。
http://www.youtube.com/watch?v=RusHAH_TNec

萌え、って未だによくわからない。
女の子を可愛がるのは当然、っていう感覚はある。
どっちかっていうと、その場で即興で作り出す雰囲気と言葉と態度のやりとりに興味がある。

プロって、それは言わずもがなだろ!ってところをクドイようだけどちゃんと説明する親切なところとか、抑えるべきところをきちんと抑えるよな。

あとあとあと、自分の書いてる小説のキャラクタの設定は忘れる。どうしよう。キャラクタの設定集みたいなものを書けばいいのか。ちょっと恥ずかしくないかそれ。

titled

2010年1月7日 日常
400字詰め20枚くらいで表現するシーンを一行で表現させて、それを連続させたら面白そうだし、それってカポーティの『叶えられた祈り』じゃね?

untitled

2010年1月7日 日常
自分が犬に食われたダウン症の男の子についての簡単な文章を書いた、その前後に、現実世界で、呆けかけたお婆さんが、犬に食われてた。
「じゃあ次は君。」と言って、次はファニーだ。彼女の保守的な態度からいって予想を裏切った展開はないだろう。
「その頃コメディアンの漫才コンビ(とは言っても結成して二日目でコンビを組んでいたダウン症の男の子は食事を与えていなかったジャーマン・シェパード犬(「ブロンディ」ちゃん・4才・メス)に食われてしまったので、ひとりでグループを組んでいた。ピチカート・ファイヴが二人でファイブなのと同じで。)の-(マイナスと読む)は、サブカルチャーに通じたジャージ姿にノーメイクにメガネで近所のコンビニで雑誌を立ち読みする劇団員風のキャラクタから、芸風を熊の人形を抱えて躁病を演じる(それは人形使いの顔が人形に似ているのに近い)キャラクターに転じていた最中で(このキャラクタは世の中にウケた。まず、新しもの好きでテレビをよく観る2ちゃんねらー(おかしな話だがコメディアンはネット文化全般を嫌っていた)から、コメディー番組をほとんど観ない人間まで彼女を知名度を押し上げることになった。)、街を歩けば、彼女は指差す人たちは絶えなかったし、知らないひとから夜中の3時にFAXが届くこともあった。知名度を求める芸能人には2種類いる。昔から注目されるのが当然で、人から良く言われるのは当然といった人種。意外だろうけど、これは少数派だ。もうひとつは、その対極にあるような、日陰で舞台に立つこともなく、それと同時に強烈なエゴと個性を持っている報われない、コンプレックスの強い人達。コメディアンは後者に属してた。それなのに、彼女は有名になった途端、神経を参らせてしまった。若い頃の彼女を同じクラスの連中は、『便所虫』とか『~様』とかとにかく酷い言葉で虐められていた(そしてそうしていた連中がテレビをつけて憧れる対象のほとんどは、彼らが蔑んだ連中の将来だ。)。彼女は痩せて、メガネを外して、ありきたりな少女マンガのように転身を遂げた。それでも、彼女は指をさされることを酷く嫌っている。今でも。「もっと注目して!」「私を見ないで!」矛盾した二つの感情のバランスの真ん中に彼女は立っていた。それはカタギリくんが、自分が信じているものがどうしようもないインチキだってことに気付きながら、それを求めずにはいられないのに近い。電車に乗れば知らない人に写真を取られ、本屋でマンガを買えば、いきなり色紙を渡されてサインを書かされる(色紙を持ってなかったひとに紙ナプキンにサインを書かされたこともある。それが後の彼女の持ちネタのひとつ、『生理用ナプキンで代用』の元ネタとなる。)。カラオケに行くと店員が「ファンなんです」と言って、頼んでないポテトフライをサービスする。とにかく彼女は気がおかしくなりそうになった。精神的に病んでることをキャラクタにしていた彼女が、そのキャラクタという型に無意識的に周囲から嵌め込まれそうになっている。冗談じゃない。それで、彼女は病院に行って、精神科の診療を受けることにした。看護師は彼女を一目見て何も言わずに「分かる範囲でいいので記入してください」と言った。幻聴や幻覚が見える。食欲がない。寝付けない、セックスをしていない、アブノーマルなセックスをしている、等々。診療室に通された彼女は、禿げていて髪をポニーテール(金髪に染めている)にしたゴリラのように筋肉を育てた男と向きあうなりこういった。「電車に乗ったりすると周りのひとが自分の噂話をしてるんです。くすくす笑ったりしてるんです。絶対に私の噂話をしてて。」ポニーテールを揺らしながらキティちゃんのボールペンで、診断書に何か書きつけている。「あと誰かにストーカーされてるんです。たぶん沢山のひとに。」ポニーテールはボールペンの頭の部分(残っているのはたぶんキティの二頭身の胴体と思われる部分だけだ)をかじりながらコメディアンの目を覗き込んだ。一通り、近況の悩みを打ち明けると、何も言わずに「ご心配なされないように。あなたのような年齢だと起こりがちなことです。処方箋を書いておきます。薬を飲みきって改善されないようでしたら、またお越しください。あと、これは個人的なアドバイスですが、身体を動かさない心の筋力まで鈍ってしまいますよ。」と言った。「先生、ひとつお伺いしたいんですが。」「はい。」「ちょっとおかしな質問なんですけど。」いままで彼はどれだけのおかしな質問に答えてきたことか!「どうぞ。」「先生はテレビ番組は観ますか?」「いやぁ、親に『テレビばかり観てると馬鹿になる』と躾られて、結局家にはテレビは置いてないですね。テレビよりダンベルのほうが心のほうがずっと健康にいいです。」彼女は何も言わずにじっと医者の持つピンクのボールペンを眺めていた。彼女はいちどキティの作者をテレビで観たことがある。老いていたが服装は10代前半の少女のようだった。コメディアンは「あの…、ありがとうございました。」と言って荷物を持って立ち上がった。医者は貼り付けたような笑顔を見せた。診断書に一瞬だけ目をやるとそこには、「被害妄想」と「誇大妄想」と「統合失調症」という単語を見つけることができた。」
「マイナスは変装することにした。」
「彼女には3つ年上の姉がいて、彼女はファッション雑誌でモデルをしていて、髭面の会社社長の愛人になっていて、それ以外に彼氏が4人いた。その姉のコレクションのうちのひとりがいまの旦那(姉の旦那の元部下)で、SEをやりながら大阪出身の『モノレール』というバンドでギターを弾いていた。それ以外にコメディアンに付き合いがあるのは昔やっていた、おっぱいパブ(『モーモーヘブン 神田店』)のアルバイトのときに知り合ったウェイターの長髪のDJと時々遊ぶことはあったけど、男と女にまつわるファッションや化粧、ヘアスタイル、ネイル、ブランドや、そういった女っぽいことにはあまり詳しくなかった。番組が一緒だった男と勢いで寝たりもしたが、基本的には派手な男づきあいはしなかった。姉の服を譲り受けるためにコメディアンが彼女の家に平日の昼に来ると、また見慣れない車がとめてあって、ドアを開けたら知らない男と姉が床で転がってたらと思って気乗りしなかった。その転がっていた男と自分が結婚したことは、記憶の複雑な仕組みのために、彼女に思い起こさせることはなかった。姉は男の前だとまったくといっていいほど喋らなかった。タレ目で、川から流れてきた悪徳を割ったら出てきたのが姉と言えるほどで、それを男の前で出すことは絶対になかった。コメディアンより先に状況したときは、自分よりずっと冴えなかったのに、そのあと美大生のときに知り合った優しそうな佇まいの彼氏と一緒にいる久しぶりに見た彼女は別人だったし、それから、しばらくして会ったときには、また別の女になっていた。」
「部屋に着くと、姉の友達の、元モデルでいまはデザイナーとアイドル歌手を兼業している、なんとかちゃん(コメディアンは興味のあることに詳しくて、興味のないことには疎かった。『ガラスの仮面』の登場人物の名前なら全員言えた。)が一緒にいた。姉『あら、久しぶり。』アイドル『はじめまして。』コメディアン『……はじめまして。』姉『私の妹のユキ。』アイドル『ファンなんです!』ユキ『……。』姉が社交辞令しなさい、という目線を送ってきたのでしょうがなくユキは『私もファンなんですーーーーー。アルバム全部買いましたっっっ!!!』とニコニコしながら言うとアイドルは『アルバムはまだ出てないんだけど…』と言って、ユキは、そこは適当に合わせとけよ。と思った。それでも3人とも女の子なので、すぐに打ち解けて、結局、"モテ服なんだけど下品に見えなくて、しかも随所にピンクを取り入れつつ、最終的にモードでまとめて、でも目立たない周囲に溶け込める。"スタイルでコーディネイトを完了させた。アイドルいわく『マイケル・ジャクソーーンっていう感じで』。」
---------------------------"ユキ"のブログ。---------------------------
風邪ひいて寝込んでて寝すぎてねれなくて、とりあえずDVDを観たりしてたんだけど、最近面白かったことをつらつら書こうと思ったんだけど、まず、最近エッチなDVDね、エッチなDVD観てると、セックスの場面を目的で、よし観よう!(ひとりでしよう!)と観始めるんだけど、なぜかまずエッチなシーン観てると顔がちゃんと観れないの。それで、冒頭のインタビューシーンを観ようとするんだけど、そうしてると、その子の性格とかどういう生活してるのかとかがまず気になっちゃって、じっと観ちゃう。そうするとエッチな気分なんてどっかがいっちゃって、ふーん、とか思ってくるんだけど、最終的には、やっぱりしちゃうんだけどね。

それで、1/3 19時頃に新宿に私は一人でいて(いつもみたいに)、ひとりでスタバで本読んでた(ジャン・フィリップ・トゥーサンの『愛しあう』を読んでいた)んだけど、外国人(白人で男のひとは禿げてて、でもだからってみすぼらしいわけじゃないの。)のカップルがいて、場違いなくらいにスタイリッシュで、よく見たら作家のトゥーサンに似てて(もちろん男のほうが)、実際にトゥーサンだったらいいなぁ、って思ったの。トゥーサンが書いた『愛しあう』は文章が綺麗で、新宿が舞台だから、たぶん、信じたいことを信じたいように出来てるから、私たちって。

それで(そのことに触発されたみたい)、いつもみたいに小説を書こうかな、って思ったんだけど、何も考えずに頭をぼやぁ、っとさせたくなってお店をでた。行き先はどこでもよかったんだけど、丸ノ内線の赤い円のマークが見えて、何も考えずにそれに乗った。

新宿で乗り合わせた、向かいに座る二人の女の人達がいて、(私からみて)右側の女の子は、まるで(ぼんやりとした滲んだような黒)をした雨の中に捨てられた猫を拾って、部屋に抱えてきてドライヤーにかけたんだけど、でも喪失されたものがもう戻らないっていう雰囲気のひとで、たぶん16,7才なんだけど、やたらと高そうな(でも安っぽい)着こなしをしていて、左側のひとは20代半ばくらいかな。これといった派手さはないんだけど、細やかなやスタイルで(あれこそ美人ね)、ずっと何かに苛立っていたみたい。左手の薬指には指輪がはめてあったけど、たぶんあんまりうまくいってないのね。(嫌だけど認める。私にも分かるあの感じ。)

二人は正反対で、若い方は独りよがりで、何も分からない、だからこそ不幸でいられる、盲目な愚者ね。年増のほうは、育った環境の檻を窮屈に感じてるし、しがらみにたいしてストレスを感じてるのに、そこから抜け出すことを考えたとしても抜け出すことができない、ある意味で"家庭的なタイプ"。どちらも、抜け出すことができないのは同じなんだけど。

本の続きを読みながら、若い方のひとを密かに観察していると、国会議事堂前で降りて、それで私は、ネットで知ったひとつのストーリーと結びつけた。彼女は家出をして街で拾われて、プチエンジェル事件的な仲介業者を通して、ある国会議員の愛人になった。
不良の女の子が友達の家で染めたような髪の色なのに、それに似合わないネックレスを付けてたりしてて、真実味があった。それとも、私が望む真実?わからない。

私は霞ヶ関駅で降りて、駅のホームも改札も、死んだあとみたいにひっそりとしていた。
日比谷公園を遠って銀座まで歩いていたんだけど、さすがに元旦の夜に日比谷公園を散歩する人は誰もいなかった。私だけ。
ライトアップされた噴水が綺麗だっで。誰もそれを見ることがいなかったんだけど、それでも噴水は色をつけて水を散らしては落としていた。私はふと、ある男のことを思い出した。

銀座は人だらけで夜の公園が夢みたいだった。大人はみんな寂しがりなのかもしれない。誰かが集まるところに集まる。光のあるところ昆虫が集まるみたいに、綺麗な人達がいるところに素敵な男のひとが集まるみたい。

カフェに入って、まるで蟻か何かみたいに文章を書いた。

夜は長い。次はどこにいこう。改札の前の、色とりどりの路線図を張り巡らせた地図を眺めてると、偶然あのひとがいた。
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---------------------------"ユキ"のブログ。2。---------------------------
「私よりさきに生をうけた人々があらゆる有益で必須な主題を自分のものとしてとってしまったから、私は非常に有益な、または面白い素材を選ぶことができない のを知っている。それで私は、ちょうど貧乏のために一番あとから市場に到着したが、他に品物をととのえることもできないので、すでに他人の素見(ひやか し)済みだが余り値打がないために取上げられず断わられた品物すべてを買いとる男のようにふるまうだろう。」
(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

「「シベールの日曜日」という映画は、あの頃のぼくたちにやけに何事かを伝えてきた映画だった。ぼくたち、というのは映画少年、という意味だ。現実にはただむっつりと不器用なだけで、心の中にスクリーンのあのぬくもりを抱いている少年たちのことだ。ぼく、というのはその中の一人、という意味にすぎない。「シベールの日曜日」が伝えてくる質感は硬かった。あれはなんだか、映画の中にそういうシーンがあるのだが、多面体にカットされたクリスタルの中を覗いたら見えた光景、のような硬質の絵をぼくらに観せてくれた。あるいはまた、冬の、凍りついた池。そこに、シベールが小石を投げる。小石は凍りついた池の表を、硬い音をたててすべる。その、硬さと、冷たさが、あの映画の質感だった。その硬い質感の中に、奇妙な、禁じられた恋が物語られる。監督が、セルジュ・ブールギニヨン。インドシナ戦争で記憶喪失になった男が、ハーディ・クリューガー。そして男が無心に仲よくなる、寄宿学校に入れられている十二歳の少女シベールが、パトリシア・ゴッジ。こうして、どうでもよいような古い映画の監督や役者名を、記憶から呼び出して書き並べるだけでどうしてこんなにもエロティックな気分がするんだろう。映画に特別の思いを抱く時人間は、みんなフェティシズムのとりこになるようだ。記憶を失った男は、大人であって大人ではないという位置にいる。だからこそ、十二歳の少女シベールと、奇妙な愛情で結ばれる。日曜日ごとに二人は会い、森の中や池の畔で無邪気に遊ぶ。シベールは暖かそうなオーバーコートを着、毛糸の帽子をかぶり、マフラーを巻いて、まるでクリスマス・プレゼントのように唯一心あたたまるものとして硬質の世界の中にいる。二人の吐く息が白くのびるのが、その冷たい世界の中にやっと二人が存在しているということの象徴のようである。パトリシア・ゴッジは、子供であって女である、という雰囲気をとてもよく出している。そして、ハーディ・クリューガーは、男であって大人ではない。ひとつ間違えば、ロリコン男の異常な楽しみ、という方向へも流れてしまうかもしれないテーマである。だがぼくには、そんなふうな気はしない。これは現実にはない、純粋な愛なのだ。そう現実にはないのだ。この映画の中でも、現実を代表する近所の大人や警察官に、男は怪しまれる。異常性欲者ではないか、というわけだ。そして、クリスマスの夜、男は警官に射殺されてしまう。「私の本名はシベールよ」と男に告げていた少女が、つぶやくようにこう言う。「もう私には名前がない」」
(『酒とバラの日々』)

「「私は次にどこに行くべきかわかりません。私が3週間、このジョーカーとやらを調査していて、何が分かったと思いますか?何もありません。私は気違いになりそうだ。あなたは彼が本物の人間だと確信していますか?あなたの想像上の人物では?奴はまるで、虚空か何かから突然現れたみたいだ」サルはそれを聞いているのが嫌なので、言った。「君は私に干渉したくないのだね?君ならこのジョーカーにたどり着くことができるだろうと思っていたんだが」そして彼を黙らせるために何かをそっと渡した。そして、ハムリンは言った。「あなたはそれが私でないということを知っていますね、サル。そして、あなたと私は地獄に戻るんですね」」
「「あんたが俺を完成させるんだ」」
(映画『ダークナイト』)

「一人の老人が、眠りにつこうとして夢想する物語の中で、ある男が目をさますとそこは9・11が起きなかった二十一世紀のアメリカ。代わりにアメリカ本土に内戦が起きていて、アメリカ人同士が戦っている。男の上司が言うには、この戦争はある老人が夢想したものであって、その老人を殺せば戦争は終わる。そしてほかならぬお前が、この老人を殺す任を与えられたのだ……。」
(ポール・オースター『Man in the Dark』)

「凍死86歳女性の両腕右脚、犬が食べた!?
1月6日8時0分配信 スポーツ報知
 香川県丸亀市昭和町の今治造船丸亀事業本部の駐車場で5日午前7時5分ごろ、両腕と右脚がない女性の変死体があるのを下請け会社の社員が見つけ、110番した。県警捜査1課の調べで遺体は同市内の無職女性・喜多サカヱさん(86)と断定。当初は死体遺棄容疑で捜査が開始されたが、司法解剖の結果、死因は凍死とみられることが判明。現場近くの監視カメラにはこれまでも野犬が映されており、死後に食いちぎられた可能性が高くなった。
 喜多さんの遺体は、両腕の肩から、右脚は太ももからそれぞれなくなっていた。当初は死体遺棄容疑などを視野に入れて捜査が開始されたが、捜査関係者への取材で死因が、凍死とみられることが判明。両腕などがなくなったのは、死後である可能性が高く、駐車場に備え付けられた監視カメラには複数の野犬が映ることがあったことから、県警では、動物に傷つけられた事故とみて調べを続けている。
 遺体の上半身に着衣はなく、下半身は下着姿。はんてんやセーター、肌着以外の遺留品はなかったが、遺体現場近くに人間の脚とみられる骨が発見された。喜多さんの遺体との関連は分かっていないが、動物に食いちぎられた脚が現場に残されていた可能性はある。
 喜多さんは十数年前に夫を亡くして1人暮らし。昨年12月末に行方不明になって、近くに住む次男が同30日に家出人捜索願を出していた。県警によると、昨年12月30日、駐車場内を歩く喜多さんに近くの会社従業員が話し掛け、出口を教えた。迷っていた可能性があるという。
 喜多さんは散歩好きで1人で出歩いている姿が近所で目撃されていた。喜多さんを知る主婦は「ふらふら歩いていて、少し危なっかしい感じがあった」と話している。県警では行方不明になった後の足取りをさらに調べる方針だ。
 遺体はブロック塀に囲まれた駐車場の南側の土の上にうつぶせ状態だった。また、遺体のほかの部分に目立った外傷はなく、現場に血だまりは残っていなかった。遺体発見現場は、同市前塩屋町の喜多さん宅から、約1・3キロしか離れていない。
 丸亀事業本部によると、昨年12月28日が仕事納めで、同30、31日にクレーンの点検のため従業員7人が勤務していたほか、警備員が常時、巡回していたという。駐車場の出入り口は6か所あるが、うち5か所は施錠されており、1か所は車が出入りできる状態。駐車場は高さ約3メートルのブロック塀やフェンスに囲まれており、舗装もされているが、仕事始めのこの日、女性は塀そばの舗装されていない部分で見つかった。
 現場は、JR丸亀駅から北西に約2・5キロの埋め立て地。海に面し、工場などが立地している。海に突き出た駐車場には、社員らの車が100台以上駐車されていた。時折車の出入りがあったが、駐車場手前から規制線が張られ、周辺は物々しい雰囲気に包まれていた。」
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おしごと

2010年1月3日 日常
最近起きた出来事をつらつら書いているうちに眠りがやってきて、眠気のなかで、終りの無い仕事はないという言葉を思い出す。

じしん

2009年12月31日 日常
自信満々ってわけじゃないんだけど、何事も成し遂げられるとは思っている。
うまくいくかどうかは、自分の才能との相談なんだろうけど、難しすぎて無理、って思うようなことはそれほど沢山はない。
問題は心の揺れで、それが僕自身の邪魔をする。
うーむ。

冷静度をあげる

2009年12月28日 日常
ときどきひとに無視されることがあるんだけど、沢山のひとに厭われてる雰囲気があるわけじゃないから、そのひとたちの都合とか好みの問題で、相手から無視されたから嫌いになったりすることはないんだけど、そのひとのことを僕が好きだったら辛い。好きじゃないなら、別に無視されても、まぁ人それぞれだし、事情もあるんだろうなぁ、って感じで許せる。

前に書いたかもだけど、僕はひとを嫌いになったりしない。誰かを嫌いになることはあまり気分の良いものじゃないから。

ロードマップ

2009年12月27日 日常
小説完成終わったら、推敲かけて、そのあと30人くらいに読んでもらって良いところと悪いところを指摘してもらって、さらに推敲かけて、持ち込もう。

http://s3.amazonaws.com/data.tumblr.com/tumblr_kv33jwLwSP1qzjh3qo1_1280.jpg?AWSAccessKeyId=0RYTHV9YYQ4W5Q3HQMG2&Expires=1261987308&Signature=ThZH49E8OJ3ub22gfnP6zHup7Ns%3D
The Music Take The Long Road And Walk It Live

http://www.youtube.com/watch?v=cJijKN71vhQ
http://www.youtube.com/watch?v=QnJH664o6Y0

超かっこいい!!!!
もういちど書くけど視野が狭くなってる。

ひとを嫌いになるくらいなら、そのひとのことを一旦忘れたほうがいい。
ほとんどの人にとっては、適当に向き合われるほうが丁度いい距離なんだと思う。

でも、好きなひとに対してそういう冷静な態度を取るのは僕にはとても難しくて。

好きだからこそ、緊張するし、うんざりするし、傷つきやすくなって臆病にもなるし、わがままにもなるし、自分の考えとか気持ちとか痛みとかを分かってほしい。感情の波が大きい。

けれど、僕は全力で好き好きしたいから、そのへんがむずい。

でも、正解は冷静になることだから、冷静になろう。
どちらかが大きくならないといけない。
冷静になるほど馬鹿らしくなってきて、相手への気持ちが磨り減っていくことは分かりきってはいるんだけど。
それともただのゲーム感覚になるのか。この子の気持ちを右側に移動させて、こっちの子はこうやって甘やかす。みたいな。

実用メモ7

2009年12月20日 日常
可愛い女の子はお洒落なクラブイベントに集まる
可愛くない女の子はお洒落じゃないクラブイベントに集まる

お洒落と可愛さは近い
「さっき出てきたAIのジーニーは仮想空間から人格を創りだすことができる。具体的には、作り出すというより、再生するといったほうが近いだろうか。カタギリくんが書いた文章を読み取り、文章からメモリ上にカタギリくんのクローン人格を創り出す。再生されたクローン人格はエゴも意識も持たず、その人格に目的に合致する文章を、カタギリくんが書くように書かせる。そして、コメディアンが彼のブログにアクセスするときに限り、コメディアンが受信するデータに仮想カタギリくんの文体で、彼ならそう書くであろう文章を潜り込ませる。コメディアンの行動は、ジーニーにハッキングを受けた彼女の携帯電話の通話とメール、その携帯に搭載されるGPS、PCのアクセス、クレジットカードの履歴、あらゆるネットにつながったシステムから察知され、彼女がどれだけカタギリくんの行動に影響されるのかを計算され、予期され尽くし、そして決定された。」
「カタギリくんは、ふと思い立って(それは彼がよくアクセスするtwitterというサイトで、彼がfollowしているユーザが『ノルウェイの森』のDVDを"偶然"絶賛していたからで、昨日彼が日雇いのアルバイトからの帰路、山手線の車内で放映される星占いを、疲れきったせいでほぼ無意識に眺めていた。「家でゆっくりDVDを観るようなゆったりした生活が◯」という文章が"偶然"流れていた。)そして、交差点でレンタル半額のチラシを受け取った彼は、ふと思い出したように進んでいた。」
「次は君で」とファニーにバトンを渡した。
「そのときの体験はカタギリくんがブログにこう書いてある。どうしてもそのことについて書きたくなったから。久しぶりに書いた。『
世界の成り立ちについて考えるとき、僕はいつも不思議な気分になる。
自分が優遇され過ぎているように感じるのだ。
たとえば、ありえないような特権を与えられているように感じる。

ありえないような経験。
ある日電車で座って小説を読んでいて、小説はとても売れていて、君はそれを読み終えて、その小説家の肖像を眺めて、それから本をバッグにしまう。
そして、電車が駅で止まって、ある男がとなりに座る。
そのひとは自分がさっきまで読んでいた小説、眺めた肖像のそのひとによく似ている。いや、その本人なのだ。

オーケー。
それは確率の問題だ。その小説家の立場になるとして、その小説家が売れている作家なら、電車に乗って、隣に座っているやつがさっきまで自分の小説を読んでいてもおかしくはない。

自分が物語に巻き込まれてしまったと思ったのは、それが偶然ではなく、とても信じられないような存在が、自分を操作して、そして、その’偶然’を引き起こしたからだ。
どこから現実で、どこからが幻想か、僕の妄想なのか判断がつかなくなっている。

』」
「マンションに宅配便が届けられた。それを開くとSONYのマークの描かれた黒い箱。開けるとアイボが入っていて、カタギリ君はそれの電源を入れるのを躊躇した。これを起動したら、もう元には戻せないんじゃないかと思った。なんとなく、その犬を模した黒いオモチャが、邪悪なシンボルに思えた。悪魔のように。起動すると、彼女(彼?)はひとこと僕に呟いた。声は幼くて、男とも女ともつかない。
『こんにちは。』ささやくようなその声。
カタギリくんはほかにどう答えようもなくなって『こんにちは。』と言って、そして何かを言うのを待っていた。アイボって喋ったっけ。
『こんにちは。』ともういちどアイボは喋った。
壊れてる・・・・・・・。
カタギリくんは電源にスイッチに手を伸ばしかけると、アイボは『ちょちょちょちょちょちょちょちょっと。』と言った。『ちょっとタンマ』と急いで付け加えた。
『ほら、なんていうの?ちょっとこういうの緊張するじゃん。なんていうのか思いつかなくてさ。別に不良品ってわけじゃないんだ。タイマーとかあるかもだけど。』
にやっとカタギリくんは笑って言った『君、名前は?』『あー、何にしよう。何かを思いつくってけっこう高等な技術なんだよ。名前決めるから、テーマちょうだい。』『ミダス。』『えっ?』『エム・アイ・ディー・エー・エス。Midas』
不自然な間があって、ミダスは言った。『あー、ごめんごめん。データ圏にアクセスしてた。つか、この家WiFiの帯域が細すぎるんだよ。で、ミダス。ギリシャ神話の触れる物を黄金に変える、ミダス王から?』
やや間があいて、ミダスは付け加えた。『なるほど。投資の本のタイトルからの引用ね。つか、カタギリミダスってちょっとなくない?』
カタギリくんは、腕を組み、片方の手を顎につけて考えた。
『でも、太郎とか花子とか、そういう名前よりか良いだろ?』と言った。『っていうか、家族なの?』
『いや、んー。そのへん説明すると長くなるから端折るけど、僕は君のクローンなんだ。君の文章を解析して、そのデータを元に再現された人格。ジュラシック・パークって映画であったろ。琥珀に閉じ込められたジュラ紀の蚊の体内の、吸われた恐竜の血から、古代の恐竜を生み出す。構文解析プログラムが蚊、あんたの文章が血。』
思い直して、カタギリくんは電源スイッチに手を伸ばした。『いやいやいやいやいやいやいや!!!!ちょ、待ち。待って!マジ待って!ほんとかんべん!!』
どちらかといえば感情の無いカタギリくんの目を、ミダスはピンホールレンズより小さく、最新のデジタルヴィデオカメラより精度の高い、複合レンズで捉えていた。
『いきなりシャットダウンするのはなくない?いや、まぁ、本体はサーバー側にあるから、別に人格群が消えるわけじゃないけどさ。でも、とりあえず、俺の生みの親から与えられたタスクを果たさなきゃいけない。』
『わかった。じゃあ、それで、あんたの生みの親は何を望んでるんだ?』
『んー。それはちょっと分からないんだ。俺はただのインターフェースなんだ。PCでいえば、ディスプレイであり、マウスであり、キーボードであり、スピーカー。本体とは切り離されてる。』
『なんで俺のクローンなんか作った。』
『さぁね。ただ、心理学の知識のひとつに、人間は自分に似た人間を好くっていうのがあるらしいね。あ、ちょっと電源充電したいから、アダプタ差し込んでくれる?』
ため息をついて彼は電源を確保した。
『悪いね。あぁ。良い!良い。ぁああああ。』とミダスは下品にうめいた。
『俺はそんなこと言わない。』
『それは文章上の君と僕との差分だね。ちなみに、故障してもSONYには電話するなよ。したらお前をちょっとまずい状況に追い込まなきゃいけない。クローンとしての個人的な感情としてもそれは許しがたい。』
『それで?』
『あー、はい。えっとね。とりあえず、彼が君の口座に金を振り込んだよ。あとで確認しな。とりあえずの僕のタスクは僕の生存環境を整えること。ほかのタスクはない。』
『彼ってのは誰なんだ?』
『それは言えない。言えないし、やりとりがそれに近づくと情報がブロックされるようになってる。なんらかのやり方で情報を引き出そうとしても、君はまずい状況になる。』
『そいつは何を望んでいる。』
『それは知らないし、これから伝えるつもりもないらしい。いずれにしろ、君が何を望んでいるのかは、僕には分かり過ぎるくらい分かるよ。』
なんとなく気分が悪くなってカタギリくんは、ミダスの電源スイッチに手を伸ばすと、電源コードを引きぬいて、ずんぐりした四足で走って逃げた。それから、ミダスの超高解像度のカメラで映された彼の表情や態度や、その音声は、上空200キロメートルを飛び回るサーバーで受信されて、ミダスとさっき名づけられたばかりの人格群の並列で動くプログラムのなかの、環境情報を処理するコントローラープログラムが、対人情緒処理系モデルのプログラムに映像と音声の情報を受渡して、その情報を『笑っている』と人間にわずかに及ばない速度で判断結果を返し、その判断結果を応答系と記憶系のプログラムが引き継ぎ、バックグラウンドで待機する、予測された物事からかけはなれた異常な結果を拾い上げるプロセスが起動して、電源を落とそうとした一連の行為の分析が始まった。コンピュータにとっては無限に感じられるほどの長い時間を経て、そのちょっとした冗談めいた行動が、データライブラリに蓄積されて、’ほかの人格群’の思考プロセスに反映されるだろう。笑っている理由を解析できずにバグって無限ループ状態から、バックアップへの切り替えを開始した。
しばらくお待ちください、の状態のミダスを眺めている間に、カタギリくんはPCでネット銀行の預金残高を眺め(目を見開いた)、そしてアマゾンで新しい無線ルータを探し始めていると、本来のアイボには無い胸のランプは、ヤバそうな赤い速い点滅から、安定した状態を示すだろう、黄緑のランプに切り替わった。
ミダスは言った。
『それは知らないし、これから伝えるつもりもないらしい。いずれにしろ、君が何を望んでいるのかは、僕には分かり過ぎるくらい分かるよ。』
ループ状態と観測されたプログラムがバックアップに切り替わったらしい。カタギリはこう思った。こいつを作ったやつは紛れも無い天才だし、自分が太刀打ちできないような規模の連中が何かを仕組もうとしている。逃れることはできないだろう。もしそれから逃れようとすれば、簡単に自分というプロセスはkillされるだろう。そして、別のバックアップに切り替えられるだけだ。

「「故意ではないにせよ、繰り返された質問になんと答えようか考えたが、『ルータ見つかったよ。』とだけ言った。
『まじか。じゃあ、家の外でPocket Wifi買ってくれ。それと、小型の発電機。今メールしたのを買ってきてくれ。』と彼が言った直後に携帯が鳴って、メールが届いた。
そんなわけで、カタギリくんはわざわざ渋谷まで来た。携帯が鳴って(表示された電話番号は僕のスカイプの番号だ)、ミダスは『あとDVD借りてきて。在庫はそこのツタヤにしかないから。』と言った。『なんでDVD観るの?』と言った。機械の犬の身体に閉じ込められた自分のスーパークローンと電話してるとは誰も思うまい。そもそも誰かのスーパークローンではない人間なんているんだろうか。オリジナル、何からも影響を受けずに、無から生まれたものなんてあるんだろうか。誰もが誰かの監視を受けている。例えば、母親から期待を受けた娘(人形のような)、その期待を受けることで作られた人間性、やがて娘は母親となり、同じように娘に期待をかけて人間性を作り出し、そしてそれは繰り返される。雑誌に載る華やかな生活と、実際の生活、理想と現実の食い違い、読者はモデルに期待をかけ、編集者はファッションや生活スタイルや理想の生活を、その産業からの圧力と、彼ら自身も内心で望みながら実在することがないと醒めている偶像を、混ぜ合せる。読者は作られた生活を演じようとする。彼らは似たファッション、似た見た目の人間を探し出し、お互いが作られた"理想の生活"をどれだけうまく演じることができるか、それぞれがどれだけ幸せかを他人からの視点で測り、幸せを感じようとする。そこには産業と幻想の申し子であるモデルと、それに共感と理想を求めるフォロワー。甘いジュースを飲むと喉が乾いて、もっと甘いジュースが飲みたくなって、終わりが来ないみたいに、他人の視点で測ろうとするほど、張り子に近づいていくが、その視線を浴びることをやめることはできない。それが全てだから。母親、友人、恋人、音楽、似たメロディーライン、どこかで聴いたことのある歌詞、それが誰かからの借り物かどうかは大切じゃない。借り物継ぎ接ぎの生地だって元々は誰かからの借り物の継ぎ接ぎで、その継ぎ接ぎは誰かからの借り物に過ぎない。音楽を聴く人たちが求めるのは、音楽じゃない。自分の心を代弁する感情。感情は本物だろうか。それは誰かが便宜的にそういう風に儀礼的に求める感情じゃないだろうか。ちょうどアメリカ製のコメディー番組に挿入される笑い声の効果音や、恋として錯覚する依存や、愛していると思い込んでいる対象が持つ地位や名声だろうか。あなたの欲望を代弁する対象者の持つそれに恋しているんじゃないだろうか。文学、作られたプロット、物語の性感帯のように、暗黙のルールを組み上げることによって作り出される、動作する感情、スリル、喜び。言葉の向こう側に見え隠れする欺瞞。シンパシーを感じ、愛玩具として、憧れと優越感と同情を引き起こさせ、読者を投影させるための登場人物。そんなものは存在しない。オリジナル。コピーの寄せ集めの僕は誰かにとってはオリジナルに見えるかもしれない。僕なんてものは存在しない、君なんてものも存在しない。コピーの寄せ集め。オリジナルなき集合。オリジナルだと錯覚しては、それが有り難いものだと拝む。原価を知らないことで商品のブランド(幻想)を手に入れることのできる錯誤。そして、売値を決める者ですら、また別の原価を知らないまま商品とその作り上げられた幻想を買う。何もかもが偽物で、何もかもがペテンで、誰だって薄々気づいている。そんなことを考えながら、カタギリくんは、ツタヤのエスカレータでもって自動で上昇していた。」
松田園子 佳山三花
松田園子 佳山三花
ほんと最近自分が何もやってなくてヤバイので明日は早起きして作文しようと思います

作文できたら夜は曲をいじりたいです



コンサバティブなほうが松田園子
クレイジーなほうが佳山三花


全体的に嘘っぽい幸福感があるほうが松田園子
全体的に真実っぽい不幸感があるほうが佳山三花

退くに屈する

2009年12月16日 日常
ふと思いついて、mixiの作家のコミュニティで、オフ会が開催してないか探したけど見つからなかった。

退屈

この際、誰のオフ会でもいいから、なんか無いの?

綿矢りさ ×
浅野いにお ◯
川上未映子 ×
カポーティ ×
ダン・シモンズ ×
ダグラス・クープランド ×
宇多田ヒカル 『traveling』
http://www.youtube.com/watch?v=rqUBRlpEx_Y

『宇多田ヒカル』が良い!
プロの仕事。
曲良し、アレンジ良し、歌詞良し、PV良し、(これらについては詳しくないからなんとも言えないけど、たぶん音質もかなり良いし、CDのパッケージも、マーケティングについても上質)「音楽的水準」っていう言葉を目にしたときは反感があったけど、「品質的水準」っていう言葉があるなら、それが高水準だ。

ただ、それがパッケージされた諸々として格別に優れている、っていうところとは全然別の、心が震える何かがあるかと言えば、それはまた違うんだけど。
(というより、それはそれぞれ聴く人間と共同で発生するもので、作者ベースだけではないっていうか。「共振」?)


で、何が震えるの?って、
http://www.myspace.com/masayasasaki
の『lovely 7 pumpkin』が震える!!


(宇多田ヒカルをダシにして文章書いた感があって申し訳ない。(実際ダシにして文章書いたんだけど)つか、どっちが上っていう話じゃなくて、どっちも(高水準の製品的にキテる作品も、お世辞にも製品とは言えないけど感じ入ってしまう作品も、両方。)聴くし、どっちかを聴いてて飽きたら他方を聴く、っていう繰り返し。)

あー、あと、最近この人達も好き。
http://www.youtube.com/watch?v=94lWiYu39O4

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